思わぬ出会い
「ねぇねぇ!その指輪、お兄ちゃんからのプレゼントでしょ!
もしかして、ペアリング?もしかして…婚約指輪だ!」
「なに言ってんの!そんなわけ無いでしょ。ペアリングは当たりだけどねっ!」
雪見は嬉しそうに左手の薬指を眺めた。
「良かった!お兄ちゃん、ゆき姉のこと大切にしてるんだね。
本当はちょっとだけ心配だったの。
自分の兄ながら、お兄ちゃんの人気は相当だと思うから、ゆき姉の周りは
ライバルだらけだろうな、って。だから…。」
「大丈夫!私は健人くんを信じてる。このリングが私を強くしてくれたの。」
そう言って雪見は指輪を頬に押し当てた。
「なんか、私まで胸がいっぱいになっちゃう。
あ、そうだ!写メしてお兄ちゃんに送ってあげよう!
きっとゆき姉が心配で、ドラマの撮影も上の空だよ。
元気が出てきたゆき姉を見せて、いーっぱい稼いでもらわないと!」
「じゃ、つぐみちゃんも一緒に写って!」
二人はまるで本当の姉妹のように仲良く寄り添い、満面の笑顔でピースサインをした。
「よし、送信!っと。あ、買い物中の友達にも送っていい?
私の友達、みんなゆき姉のファンなんだよ!今度会わせてってうるさいんだから。」
「えーっ!じゃあもっと綺麗にしてくれば良かった!」
雪見とつぐみは、心にかかっていた霧がすっかり晴れたことで、より一層親しさを増した。
姉妹のように親友のように、ファッションに恋愛、受験や猫の話など、
気が付けば一時間も喋りっぱなしである。
二人しか点滴室にいないことをいいことにワイワイ騒いでいると、コホンと咳払いが聞こえた。
どうやら患者さんがもう一人、点滴にやって来たようだ。
さっきの看護師さんの声がして、雪見に告げたのと同じことを伝えている。
「じゃ、何かあったらナースコールを押して下さいね。」
シャーッとカーテンを引く音がして、足音がこちらに近付いてくる。
看護師さんが雪見のカーテンに首だけ突っ込んで、点滴の減り具合を見た。
「気分は悪くない?まぁ、それだけ元気になったんなら心配ないわね。
それとも、もう一本追加しとく?」
看護師さんがニヤリと笑った。
「いや、今日は遠慮しときます!」
雪見が全力で拒否するのを見て、つぐみが「どうせ次回も遠慮するんでしょ!」と大笑い。
看護師さんも笑いながら、「じゃ、あと三十分頑張ってね。」と言って出て行った。
他の患者さんが来たからには、もう静かにしなくてはならない。
だが、いくら話しても話し足りない二人は、性懲りもなく声をひそめてまでお喋りした。
「ねぇ、ゆき姉はお兄ちゃんのどこが好きなの?」
「えーっ!健人くんの好きなとこ?そんな、真剣に聞かれると照れるじゃない!
一言じゃ表せないよ。丸ごと全部の健人くんが好きなんだと思う。
ほら、世間一般から見た健人くんって多分、今どきのイケメン俳優で弟的存在で、
綺麗で可愛くてダンスが上手くておしゃれ、みたいな軽いイメージだよね。
でも本当の健人くんは、そんな浅い人じゃない。
努力家だし頭がいいし、どんな事にも全力投球する気配りの人。
反面、優柔不断で寂しがり屋、整理整頓ができない甘えん坊。
どれか一つ欠けても健人くんじゃなくなる。」
「ちゃんとお兄ちゃんの事、見ててくれたんだね。嬉しいな。
けど、甘えん坊のお兄ちゃんって想像できなーい!私には威張ってばっかなのに!
ねぇねぇ、どうやってゆき姉に甘えるの?ベタベタしてくんの?」
「やだぁ!そんなことバラしたら健人くんに怒られる!」
「絶対内緒にするから教えてよぉ!」
知らず知らずにまた声が大きくなり、お互いに「シーッ!」と注意し合う。
その時だった!
「つぐみ?どこだ?」
「え?うそ?お兄ちゃんの声がした!?」
つぐみがそっとカーテンを開けて見ると、なんと健人が立ってるではないか!
「どうしたの、お兄ちゃん!ドラマの撮影中じゃなかったのぉ!?」
思わずつぐみが大声で叫んでしまった。
「シーッ!ゆき姉は?大丈夫?」
健人が静かにカーテンの中に入ると、雪見の顔がパッと明るくなった。
「健人くん!どうしたの?撮影は?」
「近くの公園で撮影してたんだけど、急に雨が降ってきて止みそうもないから中止になった。
この後は午後からスタジオ撮影。で、大丈夫なの?ゆき姉。」
健人は、点滴をしてベッドに横たわる雪見を見て、心配そうな顔をした。
「ごめんね、心配かけて。私なら、つぐみちゃんのお陰ですっかり元気になったから。
点滴ももうすぐ終るよ。」
雪見は、思いもしなかった健人の突然の登場に、顔がほころんで仕方ない。
「お兄ちゃん!私の二回目のメール、見てないでしょ!
『ゆき姉は元気になったから安心してね!』って、写メして送ったのにぃ!」
つぐみが健人を睨み付けた。
「うそっ!?あれ?ホントだ!慌てて来たから、メール読んでなかった。
この写メの二人、仲良し姉妹みたいじゃん!」
健人が嬉しそうにケータイをながめながら、ニコニコしてる。
「だって私とゆき姉、本当の姉妹になるんだもん!」
つぐみの発言に雪見は驚き、健人は訳が解らずポカンとしている。
「つぐみちゃん!話が飛び過ぎ!
ごめん、健人くん。つぐみちゃんに私達のこと、話しちゃった…。」
「そ、そうなのぉ?まぁ、そのうちバレる事だけど…。そう言うことだから、よろしく!」
健人は照れくさくて、ぶっきらぼうにつぐみに言った。
「私がゆき姉んちの玄関にあったお兄ちゃんのブーツを見て指摘した時、
うまく私を誤魔化せたと思って、ホッとしてたでしょ?
ばーっかみたい!あんな言い訳信じるのは、幼稚園児ぐらいなもんよ!」
「なにぃ!?」
完璧につぐみに負けてる健人を、クスクス笑いながら見てた時、看護師さんが
「入りますよ!」と言いながらカーテンを開けた。
「点滴終了!お疲れ様。気分は良くなったでしょ?
熱も下がったけど、まだまだ無理は禁物よ。お大事にね。」
「ありがとうございました!」
点滴からやっと解放された雪見は、うーん!と大きく伸びをしたあと
「あー、お腹空いたぁ!みんなでご飯食べに行こ!心配かけたお詫びに私がおごるから。」
と、二人を誘った。
「わーい!うんと美味しい物、ご馳走になっちゃお!」
つぐみは、三人で食事に行けるのが嬉しくて、子供のようにはしゃいでる。
「よし!俺が美味いラーメン屋に連れてってやるか!」
「やだ!なんで東京来てまで、ラーメン食べなきゃなんないのよっ!」
つぐみと健人が、相変わらずもめながら点滴室を出ようとしたその時。
「健人くん?斎藤健人くんだよね?」
廊下に近いベッドの、閉じられたカーテンの向こうから声がした。
「え?誰?」
健人がそっとカーテンの中をのぞいて思わず叫ぶ。
「大沢ぁ!?」 そこにいたのは「ガリ勉くん」だった!