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可愛い妹

「やだぁ!点滴するって判ってたら来なかったのに!」


「なに小学生みたいな事言ってるの!

いや、今時の小学生だって、そんなことは言いませんよ。

ほら、ちゃんと腕を伸ばして!

あら!あなた、あんまり血管が見えない人なんだ。

さては今まで、結構痛い目に合ってきたようね。でも安心して。

私、注射だけは得意だから!」


年配の貫禄ある看護師さんが、雪見を安心させるためかニコニコしながら言った。

が、雪見の目は点滴の針に釘付けで、いくら看護師さんがニコニコしようが

鬼の形相であろうが、一切視界には入らない。

しかも、注射「だけは」得意って、ある意味怖い!


「ゆき姉!今日一日で治すつもりで来たんでしょ?

だったら少しぐらいは我慢しなさいっ!」

隣りに付添うつぐみに叱られた。

何だか昔も、同じようなセリフで母に叱られたっけ。


「妹さんの方が、よっぽどしっかりしてるじゃない!」


「そうなんです!よく言われます。うちのお姉ちゃんったら、恐がりで困っちゃう!

だから、痛くないように一回でお願いしますねっ!」

つぐみは、看護師さんに微笑んでから雪見の方を見て、茶目っ気たっぷりに肩をすくめた。


つぐみの可愛い嘘に、緊張でこわばった顔が少しだけ解ける。

私にこんな妹が本当にいたら、一緒にショッピングに行ったり、おしゃれなカフェで

恋の悩みを聞いてあげたり…。


「痛っ!」 


「はい、終ったよ!約束通り一回でねっ。」


雪見があれこれ想像してる間に、点滴の針は見事に突き刺さっていた。

良かった!注射だけは得意な看護師さんで。

もう他は、なに苦手でもいいです!注射さえ得意なら。


「点滴終るまでに一時間半ぐらいかかるから、寝てもいいですよ。

妹さんはどうする?どこか出掛けて来てもいいのよ。」

看護師さんが、薬の落ちる速度を調整しながらつぐみに聞いた。


つぐみはすっかり妹になり切って、「いや、お姉ちゃんのそばにいます。」と返事する。


「じゃ、何かあったらナースコールを押して下さいね。」

看護師さんは、点滴室の間仕切りカーテンをシャーッと閉めて、その場を後にした。


点滴室にベッドは六つあるのだが、今の時間の患者は雪見だけだった。

シーンと静まり返った部屋。狭い空間の中には雪見とつぐみが二人きり。


「なんか…照れちゃうねっ。」

そう言いながらつぐみは、看護師さんが出してくれたパイプ椅子に、ことんと座る。


「なんか…ね。」

ベッドに横になる雪見も、つぐみを見ながら照れ笑いを浮かべた。


二人きりで色々お喋りしたかったはずなのに、なってみたら妙に照れくさくて

なかなか会話が続かない。

これじゃまるで、初デート中の中学生カップルではないか。


でも、お互い照れくさい理由は解ってる。


健人と雪見が付き合ってるという事を、しかもすでに一緒に暮らしているという事実を、

まだつぐみに直接伝えてはいない。

だが、気付いているだろうなと雪見は思ってる。

反対につぐみも、兄と雪見は付き合ってるとは思うけど、なんだか恥ずかしくて

確かめられずにいた。


『つぐみちゃんには、きちんと伝えなきゃ。今がチャンスだよね。』

『お兄ちゃんに聞いたって、どうせ誤魔化されるだけだから、聞くならゆき姉だよね。』


「あのね…。」

「あのさぁ…。なんかハモっちゃったね。なに?ゆき姉から先に言って。」

突然つぐみに振られては、言おうと思ってた事もなんだか言い出しにくくなってしまった。


「あ!進路は決まったんでしょ?理系?文系?」

まずは違う事から話し始めよう。


「え?あ、うん。もう決めた。医療系の大学。看護師になる!」

つぐみも、予想してた話と違う話題を雪見に振られたので、少し面食らった。


「へぇーっ、そうなんだ!看護師かぁ!凄いなぁ。

そっか、ちぃばあちゃんの影響?若い時は看護師さんだったもんね。」


「それもある。小さい時から色んな話をしてくれたから…。

でも一番は、子供の頃の担当看護師さんかな。あの時からずっと心の中で思ってた。

大人になったら、こんな看護師さんになりたい!って。」

つぐみは小学三年生頃まで身体の弱い子で、よく入退院を繰り返していた。


「そう!子供の頃からの夢を叶えるなんて、凄いね!尊敬しちゃう。

私なんて、子供の頃に夢なんて無かったなぁー。

だから、ただなんとなく大学行って、なんとなく就職して…。

結局は専門学校入り直してまでカメラマンになったのに、嫁にも行かないで

今はこんな事やってんだから、そりゃ親も泣くよね…。」

ベッドの中で雪見は、真っ白な天井を見つめている。


「そんなことないよ!ゆき姉だって夢を見つけたんでしょ?

どんなに遠回りしたって自分さえ夢を見失わなければ、いつからだって

スタートはできるんだよ!」

つぐみの力説に驚いた。本当に大人になったなぁ、と嬉しく思う。


「ありがとね。つぐみちゃんの言う通りだよ!

よし!私もつぐみちゃんに負けないように、頑張らなくちゃ!

それで、進路の事は健人くんには話したの?」


「お兄ちゃんには、まだ話してない。なんか忙しそうだから…。」


「ダメだよ!私なんかより、真っ先に話してあげなくちゃ。大事な話だよ!」


「だって…。お兄ちゃんだって私に大事なこと、まだ話してくれないし…。」

つぐみが少しふくれっ面で横を向く。雪見にはそれが何を意味してるのか、すぐに判った。


「あのね…つぐみちゃん。実は私と健人くん…。」

と言いかけた途中で、つぐみがいきなりダンッ!と立ち上がり

「付き合ってるんでしょ!?てゆーか、同棲してるんでしょ!?」

と真剣な目をして聞いてきた。


「ど、同棲って…やっぱ、バレてたよね。

ごめんね、今まで黙ってて。健人くんは悪くないから!

つぐみちゃんの悲しむ顔を想像したら、私が言えなかった。

ごめん…。本当にごめん!大事なお兄ちゃんの彼女が私だなんて…。」

雪見は謝ることしかできなかった。

許してもらえるとは思わなかったが、それしか今はできなかった。

点滴につながれたベッドの上では…。

しかし、つぐみの反応は予想外であった。


「なんで?なんで謝るの?私、めっちゃ嬉しいんだけど!

ゆき姉がお兄ちゃんの彼女だなんて、超サイコー!!うれしーっ!」

そう言いながら抱き付いて来たので、雪見は茫然とする。


「えっ?嫌じゃないの?私、つぐみちゃんや健人くんと親戚なんだよ?

親戚がお兄ちゃんの彼女って、嫌じゃない?」

雪見は、ずっと心を痛めてきたことを、恐る恐る聞いてみた。


「ぜーんぜん!どこの馬の骨ともわからん人が彼女になる方が、よっぽど嫌っ!

ゆき姉が私のお姉さんだったらって、ずっと思ってたんだ。

あー、これで安心して受験勉強に専念できる!」


つぐみの心からの笑顔に、雪見は元気が湧いてきた。

ありがとう!未来の看護師さん。


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