専属カメラマンになる!
しばらくして、今野が書類と写真集を手に戻ってきた。
「この契約約款に目を通して頂けますか?
それと、健人が今までに出したすべての写真集が、ここにあります。
差し上げますので、何かの参考になさって下さい。」
「わかりました。お心遣いありがとうございます。」
私はざっと、すべての写真集を開いて見てみた。
「浅香さんの方から、何かご質問やご提案はありますか?」
「あの…今までの写真集は、どこかにロケに行って、そこで撮った写真だけで構成されてるようにお見受けしましたが。」
「はい。大体がそうなってしまいます。
有りがたいことに、映画やドラマの撮影が途切れないものですから、どうしてもそのような形に。」
私はちょっと考えてから口を開いた。
「私にしばらくの間、健人くんを追わせていただけませんか?三ヶ月、いや二ヶ月でいいです。
どこか知らない場所に立つ斎藤健人ではなく、彼が日々生きてる姿を撮ってみたい。
私がファンだったら、よそゆき顔した健人ばかりではなく日常の、普段着姿の健人も見てみたいと思うはずです。
今が八月の終わりだから、これから二ヶ月撮ったとして十月下旬に撮影終了。
そこから大至急編集作業に取りかかって、クリスマスに刊行でどうでしょう。」
「ふーむ。なるほどねぇ…。
確かに今までの写真集は、その為だけに撮影したものだった。よそゆきの顔と言われれば、そうだったかもしれない。
普段着の斎藤健人か…。
よし。今回はそれで行きましょう!あなたの案を採用します。
健人も、あなたにだったら密着されても素の自分でいられるでしょう。
こいつ、こう見えても結構人見知りなとこがあるんですよ。心を開くまでに時間がかかる。
けど、あなただったら大丈夫だ。
なんせ、赤ん坊の時から知ってるんだから。
な、健人。いい企画じゃないか?どう思う?」
今まで口を挟めるような雰囲気ではなかったので、ただじっとやり取りを見守るしかなかった健人だったが、急に発言の機会が回ってきて慌てて言った。
「良いですっ!そういうの、俺もやりたかった!
もっと普通の俺を知ってもらいたいと、ずっと思ってたんで嬉しいです!
ありがとう、ゆき姉。」
「おいおい。これからは仕事の大事なパートナーなんだから、ゆき姉はないだろ。
浅香さん、とか雪見さんとか。」
私は笑いながら今野に言った。
「いいんです、ゆき姉で。
健人くんには、ガンガン素の自分をさらけ出してもらわないと困るんで。
今野さんはやりずらいかもしれませんが、私と健人くんは今まで通り親戚関係でいきたいんです。
今までのカメラマンさんが撮れなかった写真を狙うんですから、他人より近い関係でいたい。
そういう点では私たち、近いですから。」
私は健人を見て微笑んだ。
健人も目を見て微笑み返す。
健人は嬉しかった。
やっと、今まで思ってきた事がひとつ実現する。
やっと、本当の自分をみんなに解ってもらえる。
だがそれ以上に、これから二ヶ月間雪見と一緒にいられることが何よりも嬉しかった。
あれ?
俺、なんかドキドキしてんだけど…。
ドキドキの正体がまだ何者なのか深く考えもせず、健人はこれからの毎日に思いを馳せた。
事務所との契約は無事終了。
晴れて二ヶ月間の健人専属カメラマンになった私は、明日からのスケジュールを打ち合わせし、今野、健人の二人と握手を交わして事務所を後にした。
さぁ、明日から忙しくなるぞ!
しばらく猫の撮影もおあずけだけど、この仕事が終わったらまた会いに行くからね。
待っててよ、猫ちゃんたち!
すっかり暮れた夜の街は、昼間の蒸し暑さを拭い去り、高揚した心をスッと鎮めてくれる穏やかな風が流れてた。
そうだな。まずは真由子にメールしておくか。
さっき、せっかく作ってくれたパスタも食べずに飛び出して来ちゃったから…。
真由子、びっくりするだろうな、この展開に。
驚く顔を想像したら、嬉しくなってきた。
さっきまで、一日一回のメールがどうのこうの言ってたのに、 一足飛びに専属カメラマンになっちゃったなんて、信じてくれるかな?
街角に立ち止まってメールしている間、自分がとんでもなくニヤけてることに気付き、慌てて表情を取り替えた。
真由子さま。
さっきは突然帰ってしまい
ゴメンナサイ!
あの後とんでもない展開に
なっちゃった。
なんと!
この私が!
健人専属カメラマンに!
なっちゃったのです!!
凄い!信じられない!
何が起こったか訳解らんと
思うんで後から話す。
じゃあ、これから明日の
準備あるんで帰ります。
またね。
送信ボタンを押してから、またやっちゃった!と、がっくりきた。真由子に叱られる。
また絵文字を忘れた。せっかちなのかな?
絵文字を探してる時間がもったいなくて…。
自分に言い訳をし、まぁいいや!とケータイを閉じて歩き出す。
すると、すぐにケータイの着メロが鳴り出した。
さては、真由子だな?あの人もせっかちなんだから。
どれどれ、とケータイを開く。
と、それは真由子ではなく健人からの電話であった。
ええっ!健人くんからだ!!
どーしよう!
どうしようも何もないのだが、私はドキドキして電話に出る勇気がなかった。
深呼吸を一度して、恐る恐るボタンを押して出る。
「もしもし…健人くん?」