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大きな宿題

結局みずきは、雪見に大きな宿題を残してアメリカへと帰って行った。


二週間後、みずきが日本へ戻って来るまでに、心を決めておかなければならない。

しかも二週間後の11月20日と言えば、あろう事か雪見のデビュー曲レコーディング当日だった。



「どうしよう…。どうしよう…。」


みずきから、人生を左右するような頼まれ事をされた夜。

雪見はいつまでも寝付くことが出来ず、ワイン片手に一人でソファーの上にいた。

呪文のように、うわごとのように「どうしよう」を繰り返しながら…。

そこへ、やはり眠れない健人がやって来た。


「健人くん!健人くんは明日も仕事なんだから、ちゃんとベッドで寝なくちゃだめっ!」


「眠れるわけないじゃん!こんな夜に、一人で寝れるわけないよ…。」


「そうだね…、ごめん。じゃ、ここに居ていいから身体だけは休めて。

特別に膝枕してあげる。」


「じゃ、その前に俺も少し飲みたい。多分いくら飲んでも寝れないとは思うけど…。」


雪見はソファーを立ち、キッチンへ行って健人のグラスとチーズを持って来る。

チン!と小さくグラスを合わせたあと、「これ、ありがとね。」と

健人に向かって左手のリングを突き出した。


「すーっごく嬉しかったよ!涙が出るほど嬉しかった。」


「けどあの時、半分は笑ってたよね?」


「だって、健人くんがどんな顔して私のリングを選んで、店員さんにネーム入れを

頼んだのか想像したら、可笑しかったんだもん!」


「めっちゃ恥ずかしかったから!全然顔上げられなかったもん。

帽子もかぶんないで家飛び出しちゃったから、ずーっとジャケットのフードかぶってて…。

絶対怪しかったと思う、俺!」


二人で大笑いしたあと、ふと雪見があの時の感情を思い出し、ポロッと一粒涙を落とした。

「健人くんが部屋を飛び出して行った時…、もう帰ってこないかもって悲しくなった。」


その顔を見て健人は、「ごめん!」と雪見を抱き締めた。

「ごめん!もうあんな事しないから!ゆき姉を悲しませる事はもうしない。

ずっと愛してる。この指輪に誓って…。」


「ありがとう…。私もずっと健人くんのそばにいるよ。

健人くんが悲しむことはしないから。

みずきさんの言ったことも、どうするのが一番いいのか、二週間じっくり考えてみる。」


健人が抱き締めた手をほどいて、雪見の瞳をじっと見つめながら言った。

「絶対一人で決めたりしないでよ!必ず俺にも相談して。

ゆき姉の問題は俺の問題でもあるんだから…。」


「わかってる。心配しないで…。さっ、今日はもう寝よっか!

まだ二週間もあるんだし、この宿題は明日からじっくり考えるとして、

今夜は健人くんが、このリングを選んでる時の顔を想像しながら寝よーっと!」


「そんなんで寝れるかっ!」


二人はじゃれ合いながら、寝室へと消えて行く。

今は何もかも忘れて、二人の絆を固く結んでおきたい。

この先に待ち受ける、荒波にも解けない絆を…。




あれから一週間。


毎日レコーディングに向けての、歌の最終レッスンに明け暮れる雪見だったが、

まだみずきからの宿題には答えを出せぬまま、期限まで残り半分となってしまった。


考えても考えても、答えが堂々巡りしてしまう。

オーナーの思いと雪見の思い、健人の思いまでを合わせると、どうしても

答えが一巡してしまうのだ。


しかも運悪く、ここ一週間の睡眠不足と心労、緊張感に急激な気温の変化も重なり、

あと一週間でレコーディングと言うこの時期に、雪見はどうやら風邪を引いてしまったらしい。


心配するので健人には話してないが、朝から喉が痛くて微熱がある。

今日は健人と二人、当麻のラジオに出演する日。

薬を飲んで、なんとしてでも夕方までには回復しておかなくては。



「健人くんはラジオの後も仕事でしょ?帰りは何時頃になりそう?」

健人が出掛ける玄関先で、めめ、ラッキーと共に見送る雪見が聞いた。


「六時からの取材が二本だから、八時には帰って来れると思う。

今日の晩ご飯はなに?」


「今の予定はチーズハンバーグかな?夜までに気が変わるかもしれないけど。」


「絶対チーズハンバーグ!変更しないでね、急いで帰ってくるから!」


「わかったわかった。じゃ、四時半にラジオ局でねっ!いってらっしゃい!」


いつもと変わらぬ様子で見送った後、雪見はリビングのソファーにバタン!と倒れ込んだ。


「やっばいなぁ…。身体がだるくて言うこと聞かないや。

今日は健人くんの写真集の見本が出来上がる日だから、編集部に行って

その後レッスン行って、ラジオ局行って…。薬飲んで、なんとか乗り切らなくちゃ。」



午前十時。いつものドーナツ屋さんで、差し入れのドーナツをたくさん買い込み、

だるい身体に気合いを入れて編集部へ出向くと、みんなが笑顔で迎えてくれる。


「久しぶり!元気だった?デビュー前って、何かと忙しいんでしょ?

お待ちかねの物、ちゃんと出来上がってるよ!」

そう言って、刷り上がったばかりの写真集を手渡された。


「やっと出来たんだ…。健人くんと私の写真集…。」


表紙をマジマジと眺める。

そのうちに、ただの猫カメラマンだった私が、突然「健人くんの写真集を私が作る!」

と思い立った最初の頃を思い出し、感無量になって視界がぼやけてきた。


「やっぱりこの表紙にして良かったね!

景色も健人くんも、めちゃめちゃ綺麗だしインパクト抜群だよ。

本屋さんに並んでも、すごく目を引くと思う。」

編集リーダーの加藤さんが、にっこり笑ってそう言ってくれる。


表紙には、沖縄竹富島の夕日をバックに、感動の涙を流す健人の写真をあえて採用した。

編集部の中では、海辺で遊んでる笑顔の健人の写真とで意見が割れたが

雪見は、自分だけにしか撮れない表情にこだわりたかったのだ。


一ページずつ、大事に大事にめくっていく。

すべての写真に思い出があって、涙が止めどなく流れてきて困った。

健人との絆は、この写真集がスタートなのだから…。


「おめでとう!いい写真集に仕上がったね!」

雪見が最後のページを閉じ涙を拭いていると、後ろから声を掛けられた。


「吉川編集長!本当にお世話になりました。

健人くんも、きっと喜んでくれると思います!ありがとうございました!」


「君たちにはクリスマスイブの発売日まで、もうひと仕事もふた仕事もしてもらわないと!

完成記者会見もあるし、発売翌日には限定コンサートもある。

CDデビュー前で何かと忙しさが重なるだろうけど、体調管理だけはしっかり頼むよ!」



雪見は、熱があることなどおくびにも出さず、「はいっ!」と返事して編集部を後にした。


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