思い伝えて
「ただいまぁ!めめ!ラッキー!いい子にしてたぁ?」
健人との同居を隠し通す場合、まずは玄関先にたくさん並んだ健人の靴を
大至急隠すつもりだったが、みずきが全てお見通しとあらばそんな必要もなく、気が楽になった。
「どうぞ!上がって。あ!健人くんの部屋は見て見ぬ振りしてね。」
「うわっ、健人ぉ!ちょっとは片付ければ?
この部屋、引っ越して来た時はあんなに広かったのに!」
きれい好きな当麻が呆れ顔で言う。
「ゆき姉が、見て見ぬ振りしてね!って言っただろ?見なきゃ、どーってことないのっ!」
「開き直りかよっ!」
みずきには、健人の部屋がどんな状況かがわかっていたようで、
チラッと確認しただけでリビングへと直行した。
「うわぁ!思った通り、素敵なお部屋!凄く雪見さんらしいインテリアね!
けど、健人と住んでてこの状態を維持するのは至難の技だわ。」
みずきが同情するように雪見に言う。
「もう健人くんはそういう人だと思ってるから、片付けも苦じゃないの。
それに、アイドル的にはこんなに完璧なのに、苦手な事があるって言うのが
なんだか普通の人っぽくて、私はホッとするんだ。
だから今のまんまの健人くんでいいの。」
雪見がにっこり笑って健人を見ると、本当に嬉しそうに健人が微笑み返した。
「はいはい!結局はそうなるわけだ。ごちそうさまでした!」
「あ、当麻がごちそうさまだって!じゃ、鍋の材料は三人分でいいね!」
「健人ぉ〜!!」
リビングに広がった笑い声を合図に、鍋パーティーの準備がスタートする。
みんなで手分けして用意をすれば、あっという間にパーティー会場の出来上がり。
お鍋も良い具合に煮えてきて、まずは当麻の音頭で乾杯をする。
「じゃ、みずきの来日と俺たちの前途を祝して、カンパーイ!」
「うめーっ!熱い鍋には冷たいビールが最高っ!いっただきまーす!」
健人が真っ先に鍋に箸を突っ込む。
「みずきさんも遠慮しないで食べてね!材料はまだまだあるから。」
「ありがと!いただきます。
うーん!やっぱお鍋は日本の秋!って感じね。美味しい!」
「良かった!でも嘘みたい。あの華浦みずきが、私んちでお鍋をつついてるなんて。
あ!お鍋の中が減らないうちに、写真を撮ってもいい?
こんな事、二度と無いかも知れないから。」
雪見は急いでカメラを取り出し、三人を被写体にシャッターを切る。
「雪見さんも一緒に写ろうよ!
当麻!あんた高校生の頃、カメラいじってた事ある?よね。
私と雪見さんを写して!綺麗にねっ。」
みずきには、過去の様子も見えてるようだ。
「こわっ!怖すぎるんですけど!
一体いつから、そんなのが見えるようになったわけ?」
当麻が雪見からカメラを受け取りながら、みずきに質問する。
「うーん、いつからだろう…。物心ついた頃には見えてたかな。
子供の頃は何でもかんでも見えちゃって、それを口に出しては、おじいちゃんによく叱られた。
友達を無くすから、そんなこと絶対言っちゃダメだ!って。
今はね、自分をコントロールできるようになったから、見たくないものには心に蓋ができるの。
だって、当麻の下半身とか、見たくないもん!」
「ゲッ!てことは、見ようと思ったら見れるって事ぉ!?」
とっさに当麻が股間を押さえた。
「あははっ!心配しないで。死んでも見たくないからっ!
あ、でもこの事は黙っててね。
三人なら私の話を聞いても、お友達のままでいてくれると思ったから…。」
みずきが初めて少し寂しげにうつむいた。
そんなみずきを見て雪見は、今までに何度も悲しい思いをしてきたのだろうな、と可哀想に思う。
だから、あえて笑顔で明るく、おちゃらけてみずきに言った。
「じゃ、お互いに秘密を握り合ったってわけだ!
みずきさんも、私と健人くんが一緒に暮らしてるってこと、内緒にしてねっ!
てゆーか、付き合ってること自体がシークレットなんだけどさ。
今をときめくイケメンアイドル斎藤健人が、こんな一回りも年上のおばさんと同棲中!
なんてマスコミに知れたら、きっと日本中がひっくり返るよねーっ。」
雪見はふざけ半分で言ったつもりだったが、それを聞いたみずきは真顔で雪見を諭した。
「そんなこと言ったらだめっ!健人が悲しむよ。
本当は健人、世間に公表して雪見さんとの事、認めてもらいたいとさえ思ってるんだから!
あ…、ごめん、健人…。
ほんとは読むつもりじゃなかったのに、凄く強い思いが伝わってきちゃって…。
ごめん…。私を嫌いにならないで…。」
みずきは今にも泣き出しそうな表情だった。
雪見が隣のみずきの肩をそっと抱いて優しく言う。
「健人くんはそんなちっちゃな男じゃないよ。心配しないで。
ありがとね、健人くん。私のこと、そんなに思ってくれて。
きっとね、私の気持ちがみずきさんに伝わっちゃったんだと思うんだ。
だから健人くんの気持ちを私に伝えてくれた。
ねっ?そうでしょ、みずきさん。」
みずきはコクリとうなずいたが、健人と当麻には何の事だかさっぱり解らなかった。
「私ね…。実はここんとこ、毎日が不安で仕方なかったの。
健人くんと一緒に暮らしてるのに、健人くんの人気を知れば知るほど不安がつのって…。
私なんかより、もっと綺麗で可愛い人を好きになって、もうこの家には
帰ってこないんじゃないか、 って…。
毎日健人くんが帰って来るまで、不安で泣きそうになってた。
ひとつも自信なんてないから…。
健人くんの彼女にふさわしい自信なんて、私ひとつもないから…。」
今まで、健人に言ってはいけないと、胸の奥にずっとしまっておいた本心を吐き出し、
雪見の瞳からは堰を切ったように涙が溢れては落ちた。
「ゆき姉…。」
向かい側に座っていた健人が席を立ち、「ちょっとごめん!」とみずきと当麻に断ってから
雪見を抱きかかえるようにして、二人で寝室の方へと消えて行く。
健人と雪見がいなくなった食卓では、鍋がグツグツと煮立つ音だけが聞こえていた。