みずきの秘密
三人が小声であーだこーだと話してる間に、どうやらみずきの準備が整ったようだ。
「お待たせしちゃって、ごめんなさい!」
その声に振り向いたスタッフたちから、思わず拍手と歓声が上がる。
みずきは、一際輝くオーラをまとってスタジオに戻って来た。
旧知の仲の健人と当麻は、「あれが女優 華浦みずきだよなぁ!」と、
カメラマンと打ち合わせ中のみずきを、腕組みしながら眺めていたが
隣りに立つ雪見の反応は、まるでただの一般人だった。
「みずきさん、綺麗!凄い!一緒に写真撮りたい!でも今日に限ってカメラ忘れて来たぁ!
あー、私ってバカだ!なにやってんだろ!」
バタバタと地団駄踏む雪見を見て、呆れたように当麻が言う。
「ちょっとちょっと、雪見さん?
一緒に写真撮りたいって、これからそう言うお仕事するんじゃないの?
そのためにみずきの着替えを待ってたんでしょ?」
当麻の声に雪見がハッと我に返り、うろたえ出してしまった。
「やだ!無理!あんな綺麗な女優さんと一緒にグラビア撮影なんて、あり得ない!
私、今日はやめとく!健人くんと当麻くんで仕事して。」
「おーい!なに言い出すの!少し落ち着いて。ほら、深呼吸!」
健人が雪見と向き合って両肩に手を乗せ、ポンポンと二度叩いたあと、
いきなり雪見を引き寄せ耳元でささやいた。
「大丈夫!絶対ゆき姉の方が可愛いからっ!」
健人の急な動作に、当麻が後ずさりまでして驚いている。
「びっくりしたぁ!みんなの前でキスするのかと思っただろっ、健人ぉ!
「ほーんと!私もキスすると思ったのに。相変わらずラブラブなのねっ、お二人さん!」
みずきがカメラマンとの打ち合わせを終え、三人の元へとやって来た。
「雪見さん!私、この撮影が楽しみで、ワクワクしながら着替えてきたんだからね!
健人が言うんだから、雪見さんの方が可愛いのよ!だからもっと自信を持って!」
「ゲッ!地獄耳!」
みずきに背中を押され撮影セットの真ん中に立った雪見は、初めのうちは気後れしていたものの
撮影が進むに連れて、みずきに引けを取らないぐらいの、堂々としたモデルぶりを発揮した。
みずきも、よほど四人での仕事が楽しかったらしく終始ご機嫌で、
結局はワンショットどころか、全カットの撮影に参加。
本日の行程は無事終了となった。
「お疲れ様でした!とっても楽しかったです。ありがとうございました!」
みずきが、カメラマンを始めスタッフ全員に向かって、深々と頭を下げる。
すると、みずきの飛び入り参加をねぎらうような、大きな拍手に包まれた。
そこへ、スタジオの後ろで撮影の様子を見守っていた吉川が、みずきの元へ駆け寄って来た。
「いやぁ、お疲れ様でした!まさか最後までお付き合い頂けるとは。
この号は売り切れ間違いなしです!本当にありがとうございました。」
「いいえ、こちらこそ!本当に皆さんに良くして頂いて、素敵な現場でした。
事務所の方には私からきちんと話をしておきますので、どうかご心配なさらないで下さいね。
あ、ひとつだけお願いしてもいいですか?
この号が出来上がったら一冊、ロスの自宅に送っていただきたいの。」
「もちろん喜んで!クリスマスに間に合うようにお送りします。」
「嬉しい!何よりのクリスマスプレゼントだわ!
じゃ、今日はこれで失礼します。お疲れ様でした。」
四人が着替え終って、雪見の車が止めてある地下駐車場までのエレベーターの中。
「あー腹減った!なんか美味いもん、みんなで喰いに行こう!」
当麻はこのあとの手はずを、すっかり忘れていた。
みずきを家に誘って、「お好み焼きパーティーしよう!」と言うのが
当麻の一行目のセリフだったのに…。
「だーめっ!雪見さんちに行く約束でしょ?
ねぇ、途中のスーパーに寄って買い物して行こう!
お鍋がいい!やっぱ、この季節の日本っていったらお鍋でしょう!
みんなで買い物、楽しそう!」
みずきのテンションは相当だった。
しかも、本気で買い物に行きそうな勢いだったので、雪見の方が慌てて墓穴を掘ることになり…。
「みずきさん、それは無理でしょ!
私はいいとして、みずきさん達三人がスーパーなんかに現れたら、お店が大パニックになっちゃう!
お鍋の材料なら家にあるから!」
と言ったところで『しまった!』と思ったが、すでに遅かった。
「ほんと!?じゃ、真っ直ぐ雪見さんちに行ってもいいのね?
嬉しい!猫ちゃんもいるんでしょ?お部屋も素敵なんだろうなぁー!
早く行こう、早く!」
みずきはエレベーターを降りた途端、車がどこにあるかも知らないのに急ぎ足で歩き出す。
その後ろで雪見と当麻が、声を潜めてもめていた。
「ちょっとぉ!当麻くんが最初のセリフを間違えたから、修正がきかなくなったでしょ!」
「ゆき姉こそ、自分からみずきを誘ったようなもんだろ?」
もめてる二人の間に健人が入る。
「まぁまぁ!別にいいよ、俺。
みずきは、俺とゆき姉が付き合ってるって始めから知ってるんだし、
みずきにだったら話してもいいや、一緒に住んでるって事。」
「健人くん…。健人くんがそれでいいならいいけど…。」
その時、みずきが後ろを振り返って、ゴチャゴチャやってる三人に声をかけた。
「ねぇ!早く行こうよ、雪見さんと健人んちに!」
「はぁ!?みずき、知ってたのぉ!?」
しかも、みずきは雪見の車の在りかを知らずに歩いていたはずなのに、
なぜかすでに雪見の車の前に立っている。
車の中は大層賑やかだった。
まるで幼稚園バス並みの騒々しさで、その声が道行く人にまで届いてはいないかと、
運転しながら雪見は、気が気ではなかった。
「でも、どうしてわかったの?私と健人くんが一緒に住んでるって。」
助手席に座るみずきにチラッと目をやって聞いてみる。
「言ったでしょ?私の勘は鋭いって。勘って言うより霊感ってやつ?
結構、見たくないものまで見えちゃうのがツライんだけど…。」
「え、ええっ!?」
蜂の巣を突いたような騒ぎの車が、夜の街を駆け抜けて行く。
めめとラッキーが待つ、雪見と健人の愛の巣はもうすぐそこだ。