みずきのお願い
「みずきさん!どうしてここに?」
突然現れたみずきに、雪見は凄くびっくりした。
雪見どころか、スタジオで準備をしていたスタッフ全員が騒然となる。
そりゃそうだ。予告もなしに、超人気国際派女優 華浦みずきが現れたのだから。
「お久しぶり!元気そうで何よりだわ。
健人たちとCDデビューするんですってね!おめでとう!
やっぱり雪見さんは、私が思った通りの人になってた!
初めて会った時から私、雪見さんは絶対そうなるって、おじいちゃんに予言してたのよ。」
みずきは、スタジオの騒ぎなど意に介さず、ニコニコしながら歩み寄り
雪見に祝福のハグをした。
「ゆき姉が、みずきに会いたいんじゃないかなぁーと思ってさ。
この後は仕事入ってないって言うから、一緒に連れてきた。」
当麻が雪見に小さくウインクする。
『秘密の猫かふぇ』休業の情報を、雪見が直接みずきに聞きたいかと、
どうやら健人が当麻に頼んで連れて来てもらったらしい。
「じゃ、俺らは着替えて来るから、二人でおしゃべりでもしてて。」
健人はそう言い残し、当麻と並んでメイク室へと消えて行った。
「ごめんね、お仕事の邪魔はしないから。」
「邪魔だなんて、とんでもない!
ここでみずきさんに会えるなんて、思ってもみなかったから嬉しい!
こっちには、いつまでいれるの?」
「あさってまで。本当はもっと居たいんだけど、来週からハリウッドで
新作映画の撮影が始まるから…。
雪見さん、今日はこの仕事で終り?良かったらこの後、一緒にご飯行かない?」
「ほんと!?私も今、誘おうと思ってたとこ!」
雪見は、たった一度飲んだだけのこの大女優が、ほとんど無名に近い自分の事を、
久しぶりに会った親友のように食事に誘ってくれたのが、嬉しくて仕方なかった。
二人はお互いの今日までの近況に始まって、ファッションや料理の話に至るまで、
時間を惜しんでおしゃべりする。
だが…。
「実はね…。私、ドラマのお仕事もそうなんだけど、今回は雪見さんに
お願いもあって日本に帰ってきたの。」
みずきは急に真剣な目をして雪見を見つめる。
「えっ?みずきさんが、私にお願い?」
思いもしなかった言葉に雪見はうろたえた。一体、この私に何を…。
「私にお願いって、なに?私に出来る事?」
今日で会うのが二度目の人に、真剣な目をしてされる頼みとは何だろう。
その瞳があまりにも力強くて、ただ事ではないことだけは理解できた。
もしかして、猫かふぇに関する頼みなのかも…と、ぼんやりと考えてもみる。
みずきが雪見への返答に困っていると、いきなり二人の後ろから話しかける者がいた。
「お話中すみません!華浦みずきさん…ですよね。」
振り返って声の主を見ると、そこにいたのは編集長の吉川だった。
「編集長!びっくりしたぁ!お疲れ様です。
どうしたんですか?スタジオに顔を出すなんて珍しい。」
雪見が驚いた顔をして、真由子パパを見る。
「いや、阿部がすっ飛んで来たから何事かと思ったら、華浦さんがスタジオに
来てるって言うんで、俺もすっ飛んで来たんだよ!
あぁ、大変失礼致しました!私、『ヴィーナス』編集長の吉川と申します。」
そう言いながら吉川は、みずきに名刺を差し出した。
「あの、マネージャーさんはどちらに?」
「ごめんなさい。もう今日の仕事は終ったので、帰ってもらったんです。
何かご用でしたか?」
「いや、もしよろしければ雪見ちゃんや健人たちと、これから撮影する
うちのグラビアに、一緒に出てもらえないものかと…。
あなたの日本滞在中のスケジュールを押さえるのは、至難の技ですからね。
こんなチャンスは二度と無いような気がしまして。
でも事務所を通さない仕事なんて、無理に決まってますよね…。
済みませんでした。せっかくのプライベートを邪魔しちゃって。
じゃ、どうぞごゆっくり。」
そう言って吉川がみずきの前から立ち去ろうとしたとき、準備を終えた健人と当麻が、
入れ替わるようにみずきの元へとやって来る。
「みずきぃ!ワンショットだけ俺たちと写して行かない?来日記念に。
吉川編集長も、それを望んでるんでしょ?」
当麻がニコッと微笑みながら、みずきの右肩に手を置いた。
「えっ?私が三人と?」
「こんなこと、もうないかもよ!大体ゆき姉は期間限定アーティストなんだから。」
健人もみずきの横に立つ。
「雪見さんが期間限定アーティストって?」
みずきが不思議そうに雪見に聞いた。
「私…来年三月一杯までしか活動しないの。
四月になったら、また猫カメラマンに戻るつもりだから…。」
「雪見さん、本当に猫が好きなんだ…。
やっぱり、私のお願いを聞いてもらえるのは、雪見さんしかいない!
いいよ、ワンショットだけなら友情出演ってことで、ギャラはいらない。
その代り、私のお願いを聞いて欲しいの。」
「なに?私にお願いって…。」雪見は恐る恐る、もう一度聞いてみる。
「ごめん、ここじゃ話せないの。撮影が終ったら、どこか誰にも聞かれない場所で
ちゃんと説明するから。」
「あ、それならゆき姉んちがいいんじゃない?」
「当麻!」 「当麻くん!」
健人と雪見が同時に当麻を制したが、時すでに遅かった。
「行きたい!雪見さんち!そう、雪見さんちがいい!
猫ちゃんもいるんでしょ?会いたい!猫ちゃんに。
よし、そうしよう!じゃ編集長さん、そう言うことで、私に衣装ってなんかありますか?
撮影が押しちゃうと悪いから、大至急準備させて下さい。」
急転直下の展開に、スタジオ中が慌てふためいた。
うろたえる撮影スタッフを横目に、みずきは上機嫌でメイク室へと案内されて行く。
「ちょっとぉ!もしもみずきさんのお願いが、聞けないお願いだったらどうすんのよ!」
みずきがメイク室に入ったのを見届けて、雪見が当麻に抗議した。
「しかも家に来たら健人くんのこと、どうしたってバレちゃうでしょ!
どうしよう、すっかりみずきさん、その気になってるしぃ!」
雪見はもはや、これから始まるグラビア撮影の事など、頭の中から吹き飛んでしまってる 。
健人と当麻も、さてどうしたものかと思案顔だ。
「じゃあさ、俺んちに場所変更したからって言おう!
ゆき姉んち、部屋がグチャグチャで汚いから、とか適当に理由つけて。」
当麻の提案に雪見は反撃する。
「ヤダ!私んち、健人くんの部屋以外は綺麗だもん!汚いとか、思われたくない!」
「なに変なとこで見栄張ってんの!バレたら困るって言ったの、ゆき姉だろーが!」
「だってぇ〜!」
スタッフに聞かれないようにコソコソ話す三人組は、端から見るととても怪しげだった。