新しい関係
「よぅ!来たか健人。こっちに座れ。」
「は、はい。」
健人が今野の隣に、慌てて腰を下ろした。
まだこの状況を飲み込めず、ただでさえ大きな目を更に大きくして私を見てる。
「なんでゆき姉が、ここにいるわけ?」
ささやくように健人が小声で聞いてきた。
「健人、紹介しろ!お前の知り合いなんだろ?」
「あ、はい…。遠い親戚の、浅香雪見さんです。」
「遠い親戚、って?」
「えっと、ばあちゃん同士が姉妹だから…はとこって言うやつです。
あ、今朝、新幹線の中で話したでしょ?親戚のお姉さんに、うちの猫の写真集を作ってもらったって。
その人が雪見さんです。」
「あぁ!それで聞き覚えのある名前だったのか。
で、今日お前とここで会う約束をしてたんだ。」
「いや、それは…。」
健人が言葉に詰まったので、慌てて私が口を挟んだ。
「すみませんっ!健人くんは何も知らないんです。
私が勝手に、アポも取らずに押しかけてしまって…。
申し訳ありませんでしたっ!」
「そうでしたか。今日は大阪で映画の舞台挨拶があったんです。
事務所に寄ってから帰ろうという話になって、ちょうど良かった。いいタイミングでした。」
「本当に恐れ入ります。」
「で、今日のご用件は写真集の話ということですが…どこからその話を?」
「あ!えーと…。俺です、俺。
昨日、ゆき姉…じゃなくて、雪見さんとご飯一緒に行って、そんな話になっちゃって…。」
内密だった話をしてしまい小さくなってる健人を今野が、しょうがねぇなぁという顔で見てる。
私は、健人が怒られると思って大いに焦った。
「あの、違うんですっ!健人くんは何も悪くなくて…。」
「大丈夫ですよ。ご親戚ということでしたら、どうぞまだご内密に。」
「わかりました。ありがとうございます!」
「それで…あなたが健人のカメラマンをやりたいと?」
「はい、そうです!
まだ決まってないのであればその仕事、是非私にやらせて下さい!」
「ええっ!ゆき姉 ⁈ うそだろ?
そんな話、昨日してなかったじゃん!」
健人の驚きようといったらハンパなかった。
「ごめん!だって、ついさっき思いついたんだもん。
絶対私が撮らなくちゃ、って。」
「だって、人撮るの苦手だって昨日言ってたよね?
だから俺だって、それ以上は何も言わなかったのに。」
「そうなんだけどね。でも、ひらめいちゃったの。
友達んちで、健人くんの以前の写真集を見せてもらって…。
で、そのカメラマンさんには申し訳ないけど、この写真には健人くんの心が映ってないな、って…。
健人くんが可哀想だな、って思ったの。」
「ゆき姉…。」
私は今野を真っ直ぐ見つめ、力を込めて言った。
「今野さん。私、自信あるんです。絶対に誰よりも、本物の斎藤健人を撮せる自信が。
ただのアイドル写真集じゃない、斎藤健人の魂が宿った本物の一冊を、私なら必ず作って見せます!」
私の迫力に今野も健人も、すぐには声が出なかった。
少しの沈黙のあと、健人が今野の方を向いて頭を下げた。
「俺からも、お願いします。
ゆき姉…いや、雪見さんに撮してもらいたいです。
俺のこと生まれた時から見てきてる雪見さんなら、絶対今までで一番の写真を撮ってくれるはずです。
腕は俺が保証します!だからお願いしま……」
最後まで言い終わらないうちに今野が「わかったわかった!負けたよ。」と笑って言った。
「健人、良かったな。親戚に腕のいいカメラマンがいて。
しかも、かなりの美人さんだ。
こいつ、たまに言うことがあるんですよ。
写真ってあんまり好きになれない。表面しか見てもらえないから、ってね。
まぁ今は世間的にアイドル扱いなんだからしょうがないだろと、言い聞かせてはいたんだけど。
どうもそう思って撮られてるからか、あんまりカメラマンに心を開かなくて…。
結構大変なんですよ、こいつの撮影(笑)」
「えーっ!そんなこと、ないっすよ!
これでも一生懸命、撮られてるつもりなんだけどな…。
でも。ゆき姉が撮ってくれたら俺、今までで一番頑張る!
絶対一番いい写真集にする。だから…お願いします!」
今度は健人が、私の方を向いて頭を下げた。
私は嬉しかった。
健人が私のためにマネージャーさんに頭を下げて、必死でお願いしてくれた。
そして健人も、私と仕事がしたいと言ってくれた。
あの時、写真集を見せてくれた真由子にも感謝だ。
「本人もこう言ってることだし…。
じゃあよろしくお願いします。さっそく契約を交わしましょう。
今、書類を用意しますから、しばらくお待ちを…。」
そう言いながら今野は応接室を出て行った。
シーンと静まり返った部屋に健人と二人きり。
急に我に返って私は恥ずかしさが込み上げた。
「ごめんね、健人くん。思いつきで行動しちゃって、迷惑かけたよね。
友達んちで写真集見た時、パチンってスイッチが入っちゃったというか何というか…。
気づいたら、ここにいたって感じで…。
でも…本当にいいの?私がカメラマンで。
嫌じゃ…ない?」
「こっちこそ…本当に撮ってくれんの?俺のこと。
ほんとは…前から思ってたんだ。ゆき姉が俺の専属カメラマンならいいのに、って。」
「えっ!そうなの?知らなかった。」
「だって俺の心の声だから、言ってないもん。」
健人が笑って言った。
その笑顔を見て、やっと私も笑顔になれた。
「これから、よろしく!美人カメラマンさん。」
茶目っ気たっぷりに、健人が右手を差し出す。
私は、初めて握る健人の温かな手のひらをそっと両手で包み込み、これから始まるであろう二人の関係に自分自身を祝福した。