いつだって優しい二人
二本目の取材は、健人と当麻が毎月出ているアイドル月刊誌である。
カメラマンもライターさんも、すでに何年もの付き合いで気心が知れている。
だから二人が一番リラックスして受けられる仕事であり、多少のわがままも
聞いてもらえる仕事だった。
「お待たせしましたぁ!済みませんね、前の取材が押しちゃって。紹介します!
今度うちの事務所からデビューすることになった『YUKIMI&』です!
今日は健人、当麻と共にお世話になります!」
マネージャーの今野が、次の衣装に着替え終った雪見を、取材スタッフやカメラマンに紹介する。
「あ、あの、よろしくお願いします!浅香雪見です!」
「本名で挨拶してどうすんだよ!アーティストとしての仕事なんだから
今は『YUKIMI&』だろ!」
「ご、ごめんなさい…。」
今野から本日二度目の注意を受け、益々雪見は落ち込んだ。
一本目のインタビュー前、健人と当麻の会話を聞いていた雪見は、
『秘密の猫かふぇ』の事がどうにも気がかりで頭から離れなくなり、
しかも緊張感も手伝って、グラビア撮影以外は散々な仕事ぶりだった。
「健人と当麻がうまくフォローしたからどうにかなったものの、あの対談はあんまりだぞ!
いつも三人の対談はもっと話が弾んで楽しそうなのに、今日はどうした?」
今野に初めて叱られ、自分でもこれではいけないと思いながらも、
どうしても気持ちを切り替える事が出来ずにいる。
そんな彼女を見ていた健人と当麻は、なんとか次の対談を成功させるべく
ある作戦を思い付き、気心の知れたカメラマンに声をかけた。
「山口さーん!お願いがあるんだけど。今日の設定って変更できるかなぁ?
あのね、当麻がドラマのスタッフさんたちから、デビュー決定のお祝いにって
シャンパンもらってきたのね。
で、それを開けて三人でお祝いのパーティーをやってる、っていう設定でやりたいんだけど無理かな?
三人のスタートを、どうしても山口さんの写真に残しておきたくて。」
健人の思いっきりアイドル視線のお願いビームは、五十近くのベテラン
おやじカメラマンでさえも、百発百中で撃ち落とす。
「あ、あぁ、いいよ!今準備させるから、少し待ってて。」
にこにこ顔のカメラマン氏は、すでに準備途中だったスタッフに変更を指示し、
自らも率先して小道具室から、シャンパングラスやテーブルクロスをスタジオに運び入れた。
丸テーブルにゴールド色の豪華なテーブルクロスが敷かれ、その上にグラスが三つと
当麻がスタジオの給湯室の冷蔵庫に入れて置いた、冷えたシャンパン。
セットの準備が整い、スタジオの隅で待機していた三人に声が掛る。
「うわぁ!ありがとう、山口さん!」
セットに足を踏み入れた健人は、少し大袈裟に喜んでみせた。
当麻も『やったねっ!』という顔をして健人を見る。
「シャンパン飲めば、少しはリラックスできるでしょ?」
健人が小声で雪見にささやいた。
健人と当麻はいつだって雪見に優しい。
そんな二人に迷惑を掛けるような、評判を落とすような仕事だけはしてはいけないと、
雪見は自分自身を戒めた。
「そんじゃ、お互いにCDデビューおめでとう!カンパーイ!」
当麻の音頭で、グラビア上でのパーティーが始まった。
二本目の仕事は、グラビア撮影と対談が同時進行で行なわれるので
シャンパンの栓を抜く瞬間から、カメラのシャッター音がスタジオ内に響き渡る。
当麻 うーん、うまいっ!って、毎日言ってるよね、俺たち。
健人 だって、マジうまいんだもん!
デビューが決まってから、ほんとにたくさんの人にお祝いして
もらったよね!こんなにみんなが喜んでくれるとは思わなかっ
たから、旨さも倍増って感じ?
雪見 けどさぁ、これで完璧に私のイメージって、酒飲みになっちゃ
ったよね、きっと。今後が心配…。
当麻 事実なんだからしょうがない!もしかしたら、三人でお酒のコ
マーシャルに出れるかもよ。
健人 おいおい!アーティストとしての初仕事なんだから、酒以外の
話はないのかい!
健人と当麻の作戦が功を奏し、いつもの雪見らしさも回復。
テンポ良く前半の対談が終了したので、スタジオの後ろで見守る今野も
ホッと胸をなで下ろす。
三人が衣装を着替え、後半に向けて撮影セットをチェンジしている待ち時間のあいだ、
雪見は側らに置いてあった、試し撮り用のポラロイドカメラを手に取る。
「あのぅ。これ少し借りてもいいですか?」
カメラマンの許可をもらい雪見は、セットの横で雑談している健人と当麻にカメラを向ける。
一眼レフやデジカメと違い、ポラロイドで動く物を写す場合はプロであっても、
シャッターを押すタイミングが非常に難しい。
だが雪見は、カメラを全く意識せずに楽しげに、身振り手振り話す二人を難なく写した。
表情を先回りしてベストショットを狙えるので、写し出された写真には
他の誰も見たことのないような一瞬が、うまく切り取られていた。
「見て見て、この写真!実物の当麻くんより格好良くない?」
「なんで、実物よりなのさ!そんなわけ…あるね!
へぇーっ!やっぱゆき姉って、ただの酒飲みじゃないや!
山口さん、見て!ゆき姉が撮ったポラ。俺、格好いいと思わない?」
当麻がカメラマンの山口に、雪見の撮ったポラロイド写真を五枚見せる。
「えっ!?うそっ?これ、今雪見ちゃんが写してたやつ?
もしかして、凄く腕のいいカメラマンなんじゃ…。」
「ぜんぜん腕なんか良くないです!猫なら少しは自信あるけど、基本的に
ポートレートは苦手分野で…。
でもこの二人だけは健人くんの写真集で、かなりの枚数シャッターを切ったから。」
「ねぇ!このポラ、読者プレゼント用にもらってもいいかな?
『YUKIMI&』が写した健人と当麻、いや、SJだよ!?
こんなレアな読プレ、絶対他にはないでしょう!」
山口は、自分がカメラマンであることを忘れたかのように、興奮気味に言った。
お遊びで撮った写真だからと雪見は恐縮したが、健人と当麻がサインを入れて
豪華な読者プレゼントに。
後にこの号は、創刊以来のプレゼント応募者数だったと、スタッフから聞いた。
デビューを前にしての初仕事は、三本目の取材が終る頃にはすっかり
『YUKIMI&SJ』の構図が出来上がり、この日以降加速度を増して三人への取材が殺到する。
そんな忙しい最中、次々と新たな心配事が雪見を襲って来ようとは…。