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アルバムの中の健人

「ねぇ、ここに何を取りに来たの?」


コタとプリンと遊んでる健人に、雪見が久しぶりにカメラを向けながら聞いてみる。

猫と戯れる健人は自然体で、どの角度から狙ってもやっぱりフォトジェニックだった。


「そうそう!肝心な事を忘れてた!コタ、プリン、今度はこれで遊んでて!」

健人が部屋の隅に、ぽーん!と魚の形のおもちゃを放り投げると、二匹は先を争うようにして

健人のそばを離れて行った。

その隙に健人は二階へ駆け上がり、自分の部屋を物色し始める。


部屋は健人が高校を卒業し上京した時のまま、手付かずにそこに存在した。

まるでこの部屋だけ時間が止まっているかのように、勉強机の上には辞書やら教科書、

筆記用具などが整頓されて置かれている。


健人のあとを付いて二階に上った雪見は、その部屋を一目見て、母親の深い愛を身体に感じた。

「おばさんの中で健人くんは、ここにいた時のまんまなんだよね、きっと。」


「俺さ、高校の教科書とかいらない物、もう全部捨ててくれって言ってあるんだよ!

なのにそのまんまなんだから。

そういや二年ぐらい前までは、壁に学ランまでぶら下がってた!

それじゃ俺、死んじゃった可哀想な息子みたいでしょ?

さすがに、それだけはやめてくれ!って言ったら押し入れに仕舞っちゃった。どうすんだろ?あれ。」


「母親ってさ、きっとどこの親もそんなもんだよ。

いくつになっても、どこにいても子供の事を思ってる。

たとえ百歳になったって、母親という事実は変化しないんだ。」


「そんなもんかなぁー。」

健人は押し入れを開けて、何やら捜し物をしている。

そして「あった!」と叫んでアルバムを取り出した。

それは小学、中学、高校の卒業アルバム三冊と、母親が作ったであろう

赤ちゃんの頃からのアルバムが五冊だった。


「重っ!ゆき姉、こっち持って!」と卒業アルバムを手渡され、部屋を出る。

階段を降りながら雪見は、「でも健人くんがいた時の部屋は、あんなに綺麗なわけないよねーっ!」

と言ったら健人に怒られた。



二人でソファーに座り、アルバムを開く。

雪見にとっては懐かしい十歳頃までの健人や、全く知らないそれ以降の健人が、

ページをめくるたびに次々と飛び出した。


「へぇーっ。高校時代はもう今の健人くんなんだ。

そうだよね、まだ卒業して四年も経ってないんだもんね。

こんなイケメンが学校にいたら、みんな毎日が楽しくって仕方ないよなぁ!」

雪見は、自分が健人のクラスメイトだった場合を想像する。


「それって、どこから目線なわけ?目の前に実物がいるでしょ!」

健人が顔をぐっと雪見に近づけた。

頭の中で女子高生になってる雪見は、ドキドキして思わず視線をそらしてしまう。


「そーゆーの、高校ん時もよくやってたの?」


「なに?そーゆーのって。え?俺、そんな軟派な高校生活を送ってたと思ってる?」


「だってモテないわけはないでしょ!この健人くんが学校の中にいるんだよ!

隣のクラスにいてもドキドキでしょ!」


「だーかーらぁ!ゆき姉の想像してるような高校生じゃなかったって!

結構地味な存在だったと思うよ、俺って。

あ!そうだ!なんでアルバムを捜したかと言うとね…。

確か二組だったと思うんだけど…、あ、いた!こいつだ!」

健人が高校の卒業アルバムを開いて、誰かを指差した。


「誰?クラスメイト?」

雪見が健人の指先を覗き込むと、そこには黒髪を二つに縛り、焦げ茶の眼鏡を掛けた

明らかに今どきの女子高生とは違う、地味めな女の子が写っている。


「この子がどうかしたの?」


「今度のドラマで俺の同僚役に決まった、うちの事務所の新人なんだけど、

俺んとこ挨拶に来た時に、俺と同じ高校で隣のクラスだったって言うのよ。

名前を聞いても全然ピンとこなかったんだけど、アルバム見たら思い出した!

あのガリ勉くんが、なんでうちの事務所に入ったんだろ?」

健人が首を傾げて不思議がる。


「凄いね!新人の女優さんなのに、健人くんの同僚役なんて。」


「バーターってやつ?俺を使う代りにこいつもよろしく!みたいな。

新人を売り込む時に事務所が使う手さ。

けど、この写真とは別人になってたから、まったく判らなかった!

高校ん時はガリ勉くんって呼ばれてたのは知ってるけど、多分一度も話した事なかったと思う。

来週のオンエアかな?出て来るから見てやって。」


「うん、見てみる。」

そう言いながらも雪見は、根拠のない不安を感じてしまった。


『いかんいかん!いちいち健人くんの共演者をそんな目で見てたら、身体がもたないぞ!

健人くんは人気があって当り前なんだから。

その人気者が私を彼女にしてくれてるなんて、よく考えたら奇蹟みたいな話だよね!

しかも私達、一緒に住んじゃってるんだよ?今更ながらビックリな話。

でも、つぐみちゃんやおばさんが知ったら、悲しむだろうな…。』


母が注ぐ愛は、残された健人の部屋を見ると一目瞭然であった。

健人とは一緒にいたい。けどおばさんを悲しませたくはない。

雪見の心は、健人と付き合い出してから常に、葛藤と共にある。



「あっ!」 いきなり健人が大声を出したので、雪見はドキッとした。


「なによ!ビックリするでしょ!また何を思い出したの?」

「ねぇ、今日は何月何日?」

「今日?10月31日だけど、それがどうかした?」


「『秘密の猫かふぇ』行って、会員証の更新してこないと!

せっかくの会員なのに、更新して会費払ってこないと無効になっちゃうよ!」


「やだ!じゃ東京戻ろう!今から手続に行けば、仕事にも間に合うから。」


二人はバタバタと帰り支度をし、階段の下から二階のつぐみに声を掛ける。

「つぐみぃ!用事を思い出したから帰るからぁ!」


「えーっ!もう帰っちゃうのぉ!?」二階からつぐみが慌てて降りてきた。

「もっとゆっくりして行けばいいのに!」


「そうしたいのは山々なんだけど、どうしても夕方の仕事前に行かなきゃならないとこ、

思い出したの。また今度、ゆっくりお邪魔するね!

おばさんにも、よろしく伝えて。」


「ねぇ!今度友達と東京に買い物に行くんだけど、ゆき姉んちにも寄っていい?」

つぐみが雪見に笑顔で聞いてくる。


「だめっ!お前は受験生なんだから、大人しく部屋で勉強してろ!」

健人が大慌てで、力一杯阻止しようとする。


「なんでお兄ちゃんがだめ!とか言うわけ?お兄ちゃんには関係ないでしょ!」


「ゆき姉だって一躍有名人になったんだから、これから忙しくなるのっ!」


なんとかつぐみをはぐらかし、健人と雪見は東京に戻って来た。

真っ直ぐに『秘密の猫かふぇ』へと向かった二人が見たものは…。


「都合により当分の間、休業致します」の張り紙だった。


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