キズナ
雪見の目には、もはやここが記者会見場とは映っていないようだった。
たくさんの人で賑わってる、週末の居酒屋にでもいるかのような気分で辺りを見回す。
「おじさんたちぃー!飲んでるぅ?
あとで私がとっておきの歌、歌ってあげるから、まだ帰らないでねー!」
雪見の呼びかけに、いい感じに酔っぱらったおじさん記者の間から
「まだまだ帰らんよー!」と返事が来る。
だが、酒を飲んでいない記者達の中には、この状況を冷ややかな目で見る者も、もちろんいた。
「なんなの?この記者会見。夜の九時に呼び出したのは、ただお酒が飲みたかっただけ?
こっちの質問は一切シャットアウトだし、公式発表以外に大した情報はくれないし。」
「いいじゃん。酔った健人と当麻が見れただけでも。
あの二人って、ほんっと仲いいよね!もう、めっちゃ可愛い!
けど、あの雪見ってのは少々目障り。すっかり二人の姉さん気取りだし。」
同年代の女性記者達は、嫉妬心を剥き出しにして雪見を見ていた。
「健人くんも当麻くんも、よく家に泊まってくんだよねっ!
外で飲むと落ち着いて飲めないからって、家に飲みに来るんですよ!
行きつけの居酒屋みたいに。
で、次の日の仕事が午後からだったりすると、そのまんま寝ちゃうの。
でね、しょうがないなぁーまったく!とか言いながら私、こっそり二人の寝顔を撮って、
コレクションしてるんです。
カメラマンに戻ったら、健人くんと当麻くんの寝顔だけ集めた写真集でも作ろうかなと思って。
今までにないでしょ?そんな写真集。」
「うそっ!いつから撮ってんの?そんな写真!全然知らなかった!
当麻知ってた?」
「まったく気付かなかった!大体が仕事の疲れと酒のせいで、爆睡してるもん。
ゆき姉に叩き起こされるまで。」
「えへへっ!知らなかったでしょ!
めっちゃいい写真ばっかなんだよ!健人くんの寝顔なんて天使みたいなの。
あ、でも出す時は事務所通さないとまずいか!写真集は。
あとで常務に交渉してこよーっと。
と、その前に、ビール飲み過ぎてトイレ行きたくなっちゃった!
あとはよろしく!お二人さん。」
「え?えーっ?ゆき姉、ちょっと!」
雪見は、健人たちが驚いてる隙に、あっという間にステージ上から消え去った。
だが、その様子を会場の隅で見ていた真由子と香織は、雪見の様子が
何となくおかしい気がして、雪見を探しに会場を飛び出した。
会場横にあるトイレに雪見の姿は見当たらない。
「おっかしいな、どこ行ったんだろ、雪見…。」
ずっと通路を小走りにたどって行くと、『浅香雪見様控え室』と張り紙がしてある部屋があった。
トントン! ノックをしてみるが返事はない。
真由子がそーっとドアを開けてみる。
すると…。見覚えのある後ろ姿があった。雪見だ!
「雪…見?」 真由子が声を掛けた背中が、微かに震えている。
「どうしたの?雪見?」 香織が前へ回ると、雪見は…泣いていた。
たった一人で窓の前に立ち尽くし、ビルの最上階から東京の煌めく夜景を眺めている。
しかしその夜景の映った瞳からは、キラキラと光る涙が次から次へと溢れては落ちた。
「綺麗な夜景だねぇ。パパの会社からこんな綺麗な夜景がタダで見れるなら、
今度ここで彼氏とデートしよっかな?
ねぇ…。なんかあった?嫌なことでも。」
真由子が窓の外だけを見つめながら、隣りに立つ雪見に話しかける。
香織は、そっと雪見にハンカチを差し出した。
「思い出してた…。健人くんがアイドルの斎藤健人だって判った日、
初めて二人で行ったレストランで見た夜景…。
健人くんが、私に見せてやりたかった、って…。」
「そうなの。で、懐かしくなっちゃった?出会った頃が。」
香織が穏やかな微笑みをたたえて雪見を見る。
「どうなって行くのかな、私達 …。
一緒に暮らしてるのに不安で怖くて、急に現実から逃げ出したくなる。
健人くんとの事も、これからの仕事の事も、全部全部先が見えない…。
怖いよ、香織…。」
「今も?今も逃げ出したくなっちゃったんだ…。
けど、健人くんも当麻くんも雪見の後ろ姿、心配そうに目で追ってたよ。
健人くんね、本当に雪見の事大切に思ってると思う。
当麻くんだって、『健人とゆき姉には、心から幸せになってほしいと願ってる。』
って、私にメールくれたよ、昨日。」
香織の声はいつでも温かで、雪見の心をまあるく包み込む。
が、真由子の声は…。
「ちょっと、香織っ!あんた、いつ当麻とアドレス交換したわけ?信じらんない!
なんであたしが知らない当麻のアドレスを、香織が知ってんのよ!
っつーか、私にメールくれたよ、ってあんたたち、まさか付き合ってるの!?」
「そんなんじゃないよ。たまに当麻くんの相談に乗ってあげるだけで…。」
真由子のまくし立てるような攻撃に、いつも香織はマイペースで答える。
「当麻からの相談事ぉ!?あんたとあたしって、雪見の友達としては対等なはずなのに、
なんであたしはアドレスも知らないで、あんたは当麻の人生相談に乗ったりしてるわけ!?」
雪見は、いつもよりさらに強い口調で香織を問いつめる真由子に慌てた。
「ちょっと、真由子!少し落ち着きなさいよ!香織は何にも悪くないでしょ!
当麻くんだって、誰かに話を聞いて欲しい時ぐらいあるんだから!」
香織をかばうように間に割って入ると、なぜか真由子が微笑んだ。
「ふふっ。やっといつもの雪見に戻った。やっぱ雪見はそうでなくっちゃ!」
「えっ!?」
真由子の言葉にふと我に返ると、いつの間にか、さっきまでのグチャグチャな気持ちは
どこかへ飛んで行き、いつもの自分に戻ってる。
「私達の関係、昔も今も、なーんにも変わってないでしょ?
私が真由子に怒られて、それを雪見が仲裁に入る。
人間ね、一度しっかり結ばれた関係って、そうやすやすと変わるものではないと思うよ。
大丈夫!雪見と健人くんの絆は、しっかりと結んであるでしょ?」
香織の言葉が胸に染み込む。
「そうそう!私がぶち切ろうとしたって絶対切れそうもないんだから!
もうちょっとさ、健人を信用してやんないと可哀想だよ。
さ!みんな待ってるから会場に戻ろう!
酔っぱらいのおっさん達にとっととデビュー曲聞かせて、家帰って健人と
イチャイチャしなさい!不安なんて吹き飛ばすようにね!」
「真由子。相当おっさん化が進んできたけど…。」
そう言いながら雪見が大笑いした。
この二人がいてくれるから、私は大丈夫!
長い通路を戻りながら、もう少し頑張ってみようと自分自身と話し合う。
そう!私には、かけがえのないあの人が待っている!