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踏み出した第一歩

私は、思い立ったら行動が早い。


普段はのんびり、おっとり型に見られるが、一度ひらめいたら真っしぐら。

後先考えずに、先ずは行動に移す。

で、失敗するかと思いきや、大体は結果オーライ。

直感が間違っていることはほぼ無い、感覚人間なのだ。



真由子のマンションを出て、近くのドーナツショップに入る。

ここは私の、第二の仕事場だ。

写真集の原稿書きは、大抵この店の一番奥の席で行われる。


甘いドーナツと香ばしいコーヒーの香りが大好きで、出来ることならここで生活したいとマジメに思ってる。



私はチラッと、いつもの席が空いていることを確認。

カウンターでカフェオレとオールドファッションを受け取り、指定席へと着いた。


まずはカフェオレをひとくち。心が落ち着いた。

昨夜、健人からもらった名刺をテーブルの上に置き、事務所の住所を確認する。

本来なら電話でアポを取ってから出向くのが礼儀なのだが、なぜかこの時はすぐに行かなければならない気がした。


よし、大丈夫。今なら絶対うまくいく!


自分にそう言い聞かせ、急いでカフェオレでドーナツを流し込み席を立った。





タクシーに乗り込み、名刺を握りしめて事務所のある高層ビルへと到着。

見上げると、空はすでに薄墨色に変わってた。


八階にある、オフィスの受付前。


「あの、お忙しいところを申し訳ございません。

わたくし、フリーカメラマンの浅香雪見と申します。

恐れ入りますが、斎藤健人さんの担当の方にお会いしたいのですが。」


そう言いながら名刺を差し出す。


「失礼ですが、どのようなご用件でしょう。お約束はされてますか?」


「すみません。アポは取ってないんです。やっぱり突然は無理ですか?

斎藤健人さんの新しい写真集の件で、どうしてもご相談がございまして…。」




昨日健人と食事をした時、近々また写真集を出す計画が上がってると話してた。


「ねぇ。ゆき姉って猫ばっかで、人は撮らないの?

今まで人の写真集って、作ったことないの?」


「私ね、どういう訳か人物って苦手でさ。

でも猫だけじゃ食べてけないから、仕方なく結婚式場でカメラマンのバイトしてるんだけどね。

新郎新婦さんに心の中で『ごめんなさい!』って言いながら仕事してるんだ、私…。

ダメだよね、そんなんで仕事しちゃ。一生に一度の大事な結婚式なのに…。」


「やっぱカメラマンにも、得意不得意ってあるんだ。」


「そうだね。本当はプロなんだから、何でも出来なきゃいけないんだろうけど。

私は猫の心はわかるけど、人間の心を読むのは得意じゃないのかもしれない。

私、心の映ってない写真ってダメだと思ってるから。

結婚式って、大体が会ってすぐの人を撮るでしょ?

その人を深く知ってからだと、うまく撮れる気もするんだけど。」


「ふーん。そんなもんなんだ。

俺もさ、今までたっくさん写真撮ってもらってるけど、いっつも思うんだよね。

この人は俺のこと、どんだけわかってシャッター切ってるんだろ、って。

自分の写真見た時、『あ、これは俺じゃない』って思うことがよくある。

うまく言えないけど、上っ面だけの俺っていうか…魂がそこに見えないっていうか…。」


「健人くんも、そう思う? 同じだね、私と。」


こんな会話を、ビールを飲みながらしたのを思い出していた。




「申し訳ございませんが、担当の者はただいま席を外しておりまして。

……あ、今野さん!ご面会のお客様です。

良かったですね。グッドタイミングで戻って来ましたよ。」


そう微笑みながら、受付嬢は私の名刺をその人に差し出した。


「あの、突然お伺いして申し訳ございませんっ!

わたくし、フリーカメラマンの浅香雪見と申します。

本日は、斎藤健人さんの新しい写真集の件でお話をさせていただきたく、お約束もないのに来てしまいました。」


「浅香雪見さん、ですか。どこかで聞いたような…。

あぁ、私は斎藤健人のチーフマネジャーの今野と言います。

こんな所じゃなんだから、どうぞこちらへ。

応接室にお茶を頼む。」



良かった!第一関門、突破だ!




あとをついて事務所の中を進む。


「どうぞ、こちらへお座り下さい。

浅香さん、ですか。以前どちらかで、お仕事ご一緒しましたかね?」


「いいえ、お伺いするのは今日が初めてです。」


「そうですか。で、お話と言うのは?」


「あの…斎藤健人さんに新しい写真集のお話があるそうで、できればそのカメラマンを私にやらせていただけないかと…。」


「どこでその話を?まだ企画段階なのに…。」



うわっ!まずかったかな?

すごい疑いの目で見てるよ、私のこと。



「い、いえ。ちょっと小耳に挟んだものですから…。

で、まだカメラマンが決定してないのであれば、是非とも私も選考に加えていただけないかと。」


「失礼ですが、普段はどのようなお仕事を?」


「あ、失礼しました!こちらをご覧いただけますか?」


そう言いながら私は、鞄の中からいつも大事に持ち歩いてるコタとプリンの写真集を取り出し、テーブルの上に置いた。

今野がおもむろに手に取り、ほほぅと呟きながらページをめくる。


「猫ですか。人物のほうは……

え?ええっ!健人ぉ⁈ うちの斎藤健人がどうしてここに ⁈」


最後のページに写ってる健人とつぐみの写真を見て、今野がえらく驚いてる。


と、その時。

ドアの向こうで「お疲れ様でしたぁ!」と言う声が聞こえた。



「失礼します。」 ガチャッ。


開けて入ってきたのは、なんと、健人であった。



「え?ゆき姉ぇ!なんでここにいんの??」


思わぬ再会に、訳のわからぬ健人は目をまん丸にして驚いてる。

私は、やっぱり直感は正しかったと微笑み返した。



運命の扉をまたひとつ、自分の力で押し開けたのを感じてた。


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