飲み友パーティー第二弾
三人の中で、真っ先にワゴンに手を伸ばしたのは雪見だ。
控え室で飲んだワインの効き目は、このとんでもない記者の数を目にした途端、
アルコールが一気に身体の中で蒸発して、しらふに逆戻り。
緊張で顔がこわばり、一つも笑顔など作れる状況にはなかった。
そこへ三上が、救いの手を差し伸べるかのように、このワゴンを送り込んでくれたのだから、
雪見は思わず、神様、仏様、三上様!と叫びそうになった。
「私、シャンパン!誰か栓抜いて!先に飲んでもいい?」
「まだっ!俺たちまだ選んでないでしょ!
あ、でもせっかくシャンパン開けるなら、まずはみんなで乾杯しよっか。」
健人の提案に当麻も賛成し、さっそく栓を抜くことに。
ポンッ!という乾いた音がステージ上に響き、上手く開ける事が出来た当麻は
にっこりと微笑みながら、真っ先に雪見のグラスに黄金色の液体を注いだ。
夏美にも注いで四人がグラスを手にした時、おもむろに夏美が立ち上がった。
「では皆様。グラスのご準備はよろしいでしょうか。
ここにいる三人の、CDデビュー決定を祝して、乾杯!」
会場中が夏美のアナウンスにつられ、思わずグラスを高く掲げて
「乾杯!」と発声してしまう。
一体ここは何の会場なのか、自分は何をしにここへ来たのか、多分記者達は
一瞬自分の立ち位置を見失ったかと思う。
が、それこそが事務所の狙いでもあった。
酒というのは、良くも悪くも物事の輪郭を薄ぼんやりとさせてしまう。
「うまいっ!最高だねっ、今日の酒は!」
健人が、本当に幸せそうに笑ってる。
三人とも、ほぼ同時に最初のグラスを飲み干したので、夏美が慌てて小声で言った。
「ちょっと、あんたたちっ!飲み屋に来たんじゃないんだからねっ!
まだ一言も肝心な話、してないんだから!」
小声で三人にだけ話したつもりだったが、悲しいことにピンマイクが付いていては
内緒話など不可能である。
会場からどっ!と笑いが起こり、さすがの夏美も冷静さを失った。
「え、えーと、じゃあまずは健人くん、お願いっ!」
「え?え?いきなり俺?しかも、お願い!って、何をお願いされればいいわけ?」
またしても笑い声が巻き起こり、予測不能の記者会見がスタートした。
「ま、いいや!じゃ、せっかくの飲み友企画第二弾なんだから、
堅苦しいインタビューとか無しにして、俺たち勝手に喋ってもいい?
会場の皆さんも、居酒屋で喋ってる俺たちの隣で、聞き耳立ててるつもりで聞いてて下さい。
あ、スポンサーさんのおごりだから、遠慮しないで飲んでね!」
健人の提案に、会場からは「いいぞー!」と声が上がるが、夏美の目は吊り上がっていた。
『なに勝手なこと言ってんのよ!こっちで質問、用意してるって言ったでしょ!』
そんな心の声を目で表現したつもりだったが、すでに健人たちは
三人だけの世界に入り込み、誰も夏美の方を振り向く者はいなかった。
「まぁまぁ、お次はビールでしょ?じゃ、改めてカンパーイ!
なんか、いよいよ今日から活動開始な気分だけど、よく考えたらレコーディングって
まだ二十日ぐらいも先の話なんだよね?
1月5日デビューって、二ヶ月も先だよ!なんか遅くね?」
「しょうがないじゃん!俺も当麻も、年内はドラマと映画で一杯一杯なんだから。
俺ね、レコーディングも楽しみなんだけど、もっと楽しみなのがPV撮影!
ゆき姉のPVに俺と当麻が出演して、俺たちのPVにゆき姉が出てくれるんだよねっ!」
「私、無理だって断ったんだよ!だって、本職の俳優二人のプロモーションビデオで、
私にどんな演技しろってーの?私、猫カメラマンなんですけど。」
雪見はシャンパンとビールのお陰で、いつもの調子が戻ってる。
が、やはり、木綿のワンピースにコサージュ付けてる人の言葉遣いとしては、いかがなものか?
「あのね、誰もゆき姉の演技に期待なんてしてないから安心して!」
「それまた失礼な話じゃない?健人くん。」
「そうそう!けど俺と健人は思いっきり本気の演技で、ゆき姉のPV
盛り上げてやるからねっ!期待しといて!」
「けどさぁ。これって事務所の戦略だよね、きっと。
私のPVに二人が出たら、絶対二人のファンの人達、私のCD買ってくれるでしょ?
私としては有り難い話だけど、申し訳ない!って気持ちもある。」
そう言いながら雪見は、三杯目のビールを飲み干した。
「なに言ってんの!俺たちのファンは、そんな心の狭い人達じゃないから!
それに、結構俺のブログに『ゆき姉ファンになりました!』って書き込み、最近多いんだよね 。
なんかね、『ヴィーナス』のグラビアで見る可愛い系のゆき姉と、
当麻のラジオで話す、姉貴っぽいゆき姉とのギャップがいいらしい。
あと断トツなのは、猫カメラマンなのに歌がメチャ上手い!ってとこ。
ギャップってさ、なんでみんな惹かれるんだろ?
俺もそーいうの、欲しい!」
健人が羨ましそうに雪見を見る。
すると雪見は、
「えーっ!健人くんだってギャップあるよ!
見た目は完璧そうなのに、部屋が汚い!整理整頓ができない!鞄の中がグチャグチャ!」
「なにその汚いシリーズ三連発のギャップは!マイナスでしょ、完全に!
まぁ、嘘ですから!って否定出来ないのが悲しい…。」
健人がふざけてうなだれる。
「当麻くんのギャップはね…。あれ?思いつかないや。
きれい好きだし料理も得意だし…。ほんとに見た目通り完璧ってこと?
あ、ひとつ見つけた!彼女がいそうでいない!ってこと。
結構振られるよね、当麻くん。
多分世の中の人は、振られる当麻くんを想像できないと思う。
ある意味、凄いギャップだよ。」
「ひっでーなぁ!ゆき姉のギャップ、もひとつ見つけた!
可愛い顔して毒舌を吐くこと!」
「俺も当麻に賛成!」
記者会見の前半は、何度も笑いが巻き起こりながらも和やかに、スムーズに進行していった。
後半にはいよいよ、雪見の生歌が披露されるのだが、そんなこと忘れたかのように
雪見の酒のピッチは勢いを増している。
誰かそろそろ、止めてやった方がいいんじゃない?