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夏美プロデュース

「キャラクタープロデュースって…。

一体どういう事ですか?私は私でいちゃ、ダメって事ですか?」

雪見は、魔術にでも掛けられたかのように、ふらふらと握手してしまったが、

手を離した瞬間はっと我に返り、夏美から聞かされた言葉に突然、強い違和感を感じた。


「あら、このスタイリングに何かご不満でも?

あなたを売り出す戦略に、寸分の狂いもない見事なスタイリングかと思うけど?」

夏美は、またしても豊かな胸を誇示するように腕組みをし、わざと雪見の質問を

はぐらかしてニコリとした。


「そんな事聞いてるんじゃありません!

私に、作られたキャラクターを演じろ、ってことですか?

だったら、まったく納得なんてできませんけど!」

雪見の凄い剣幕に、理由の解らない進藤と牧田は驚いている。


「雪見ちゃん!ちょっと落ち着いて!

よく事情はわからないけど、私達のスタイリング、あんまり気に入ってもらえなかった?

私達は少なくとも雪見ちゃんのこと、よく知ってるつもりで仕事させてもらったんだけど…。」

牧田が少し寂しげに雪見に聞いた。


「違うの!牧田さん、誤解しないで!私、そんなつもりで言ったんじゃないから!

ごめんなさい…。緊張しててちょっとカリカリしてた…。」

そう牧田に言い訳したが、本当は夏美に対して怒っている。



その時だった。ノックの音と共にドアの向こうから「入ってもいい?」

と声が聞こえた。健人の声だ!

だが、メイク室の中は声を発するような空気ではなく、間の悪い健人のタイミングに

誰一人として返事をする者はいなかった。


少しして夏美が「入りなさい!」とドアを開け、廊下に突っ立っていた

健人を中に招き入れる。

そして背中を向けて立っている雪見を指差し、「どう思う?感想聞かせて。」

と腕組みし直し、健人に聞いた。


「ゆき姉?だよね?」

健人の声に渋々振り返る雪見。顔はふてくされた子供のように下を向いている。

しかし健人には、うつむいている雪見の表情など、全く目に入らなかった。

そこに立っているのがすでに雪見ではなく、健人が思い描いていた通りの

アーティスト『YUKIMI&』であることに、目が釘付けになったからだ。


胸まである長い髪をふわふわの巻き髪にし、生成り色がかった白い木綿のワンピースは

ゆったりとしたシルエットで、胸元に淡いピンクの大きなコサージュを付けている。

だが、上半身の少女っぽさとは裏腹に、足元だけはハードな黒のエンジニアブーツを履いていた。


「スッゲーや!俺の頭ん中で妄想してた『YUKIMI&』が、ここにいるみたい!

俺のイメージ通りだよ!夏美さん!」

健人は一目見るなりテンション高く、ニコニコしながらそう言う。


「も、妄想って!何を妄想してたわけ?健人くん!」

進藤がお腹を抱えて笑った。


「そっ!それは良かった。どう?雪見。健人はこう言ってるわよ。

あなた、キャラクタープロデュースの意味、随分と誤解してるようだけど?」


「えっ!ゆき姉のキャラクタープロデュースって、夏美さんがやるんですか!?」

健人がびっくりして、大声で聞いた。


「そうよ。マネージャーは下ろされたけど、かえってその方がプロデュースに専念できて

好都合だったわ。

最初は兼任で引き受けた話だったけど、よく考えたら大変だもの。」


「あの…。私、女優じゃないから、仕立てられたキャラクターを演じるなんて無理です。」

雪見は、もうどうしたら良いのか、まるで方向を見失っていた。

話す声にも力がない。


「ゆき姉、それは違うよ。ゆき姉の方が誤解してる。

夏美さんも、最初にちゃんと説明してやって下さいよ!

ゆき姉はこの業界の人じゃないんだから!」

健人は、この部屋に入って来た時に、なぜ場の空気がおかしかったのか

なんとなくわかった気がした。


「ゆき姉、ごめん。俺ももっと色んな事、教えてあげればよかったね。

そしたらこんなにゆき姉が、戸惑うことも無かったのに…。ごめんね。

だけど大丈夫だよ。夏美さんは、新人のプロデュースに関してはプロだから。

俺も方向性は全然間違ってないと思う。」

雪見に話したあと健人は、夏美の方を見た。


「新人ってね、デビューの時はまったく無の状態にあるでしょ?

誰もその人のことを良く知らない。

だから有る程度の方向性を決めて、その人をイメージしやすいように

まずはビジュアルで表現する。

あなたの場合、歌声からのイメージを表現するのが一番いいと思った。

大人なんだけど少女のような、透明なんだけど力強く心に響いてくる歌声。

凄く難しい宿題を、このお二人は完璧に解いてくれたわ。」

そう言って夏美は、進藤と牧田をにこやかに褒め称える。


「私達ね、昨日仕事の移動中に車の中で、偶然雪見ちゃんのデビュー曲を耳にしたの。

二人とも、気が付いたらボロボロ泣いてた。

その後今日のスタイリングの依頼があって、すぐに頭に浮かんだのがこの組み合わせ。

私が歌声から受けたイメージと、夏美さんから依頼されたイメージは

まったく同じだと思った。

素の雪見ちゃんも、充分表現できたと思ってるよ。」

牧田は、今度は自信を持って雪見に伝えることができた。


「でも…。記者会見で喋ったらきっとぶち壊しちゃう。

普通に話したら私って、こんなピュアなイメージじゃないと思うし…。

ずっと喋らないで、黙っていようかな…。」

雪見は困惑していた。


「ほんとにあなたって人は、思った以上に世話が焼けそうね。

誰もスタイリングだけであなたを印象付けようなんて、思っちゃいないわ!

普段のあなたと、歌を歌い出した時のあなたとのギャップが狙いなんじゃない!

あとは、猫カメラマンなのに!?と、三月までの限定アーティスト!?

ってとこも、おいしい売りよね!」

夏美は、早く雪見の生の歌声をお披露目して、みんなの驚く顔が見たかった。

健人と当麻が話題を呼ぶのは当然だが、この無名のアーティストの出現も

下手すると、健人たちを喰ってしまうほどの騒ぎになる予感がしている。


「私に任せなさい!会社にとっての大事な金の卵を、この私が潰すわけないでしょ?」

夏美はにっこりと雪見に向かって微笑んだ。


今はまだ、ね…。



その時、スタッフが当麻の到着を知らせに来た。

「じゃあ、あとは健人と当麻をお願い!時間が迫ってるから急いでね!」


それだけ言い残して夏美は、一足早く会場へと移動する。

これから巻き起こるセンセーショナルな風に、胸を高鳴らせて…。


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