『YUKIMI&』完成!
午前中はずっとピアノの練習をしていた雪見。
今日の記者会見で、デビュー曲『君のとなりに』を弾き語りすることになってたので、
とにかく何度も何度も繰り返し練習し、不安をひとつでも減らしておきたかった。
時間を忘れるほどピアノに集中し、気が付いたらすでに午後一時を回ってる。
『なんかお昼ご飯って気分でもないな…。そうだ!久しぶりにドーナツ食べたい!』
ぶらぶら歩いていつものドーナツショップへ。
土曜日の昼下がりだけあって、店内は混み合っている。
いつもの席も空いているはずはなく、店員が真ん前に見えるカウンター席に座った。
大好きなカフェオレとオールドファッション。
店内の甘い香りを嗅ぐだけで、雪見は疲れが癒やされ心が幸せを感じ始める。
するとそこへ店員が、ささっと雪見の前にやって来た。
「あのぉ…。雪見さん…ですよね?」
「え?あ、はい。そうですけど…。」
顔なじみの店員ではあったが、注文以外で言葉を交わしたことなどない。なぜ私の名前を?
「私、斎藤健人くんのファンなんです!健人くんのブログに出てた雪見さんを見て、
『あっ!うちのお客様だ!』って、もう嬉しくって!」
「え?私、健人くんのブログになんて出てるんですかぁ!?」
そう言えば、しばらく健人のブログなんてチェックしてなかった。
『一体どんな顔の私をアップしたのよ、健人くん!』
知らないって恐ろしい!
「今度CDデビューするんですよね?おめでとうございます!
健人くんのブログのコメント欄にも、雪見さんファンが大勢書き込んでますよ。
これからもお店に来て下さいねっ!待ってます。」
そう言うと彼女はペコンと頭を下げ、また忙しそうにお客の元へ飛んでいった。
雪見さんファン?そんな人、いるの?
帰ったら健人くんのブログ、久々に覗いてみよう。
そんなことを考えていると、ケータイにメールが着信した。真由子からだ。
どうやら、またしても父親に頼み込んで、マスコミ以外来場不可の記者会見に来るらしい。
え?香織と一緒に?あらまぁ!なかなか気が利くじゃないの、真由子さん!
多分、深くは考えずに香織を誘ったとは思うけど、当麻の喜ぶ顔を想像すると、
でかした、真由子!と褒めてあげたくなった。
家に帰り、パソコンで健人のブログを開く。
さかのぼって見てみると、かなり以前から雪見は、健人のブログに登場していた。
『知らなかった!最初のうちは毎日チェックしてたんだけど…。』
なぜ、雪見はブログを見なくなったのか。
ファンからのラブレターとも言えるコメントを、読むのがつらくなったから。
健人の文章だけ読めればいいのだが、どうしてもファンのコメントにも目が行ってしまう。
それらを読むにつけ、健人と付き合っているという事実に、罪悪感さえ覚えてしまうのだ。
だが健人は、あらゆる言葉を使って、雪見の事をアピールしてくれていた。
良い所も悪い所も、賢い所もドジな所も、丸ごとの雪見が伝わるように。
決して、暗に雪見が彼女だと匂わせている文章ではない。
健人ファンのみんなにも、人間としての雪見を好きになってもらいたい。
そんな健人の想いが感じられる言葉が並んでいた。
結果、昨日のブログコメントには大勢の健人ファンや、純粋に雪見だけのファンから、
雪見宛のたくさんの応援メッセージが寄せられていた。
みなラジオを聴いて雪見たちのデビューを知り、それに対して温かい声を寄せている。
なんと有り難く嬉しいことか。
だが、そのメッセージが温かければ温かいほど、雪見にはみんなを騙している
と言う想いが一層つのり、居たたまれなくなってパソコンを閉じた。
みんな、私が健人くんの親戚だと思って、応援してくれてるんだよね。
ごめんね、みんな…。
夜八時。雪見はすでに、会見が行なわれる出版社ビルのメイク室にいる。
健人と当麻は、仕事で到着がギリギリになりそうだが、雪見は予定が入ってないので
会見一時間前には来るように、と呼ばれていた。
久しぶりに進藤と牧田が、笑顔一杯で雪見を出迎えてくれる。
「おめでとう、雪見ちゃん!
まさかここのメイクルームで、アーティストになった雪見ちゃんをメイクするなんて、
夢にも思わなかったよ!ほんと、牧田さんとひっくり返りそうになるほど驚いた!」
雪見に会見用の、たくさんのフラッシュを浴びる場合のメイクを施しながら
雑誌『ヴィーナス』ヘアメイクの進藤が、嬉しそうに雪見に話しかける。
「ひどいなぁ!ひっくり返りそうになるって、どんだけ驚いたんですか!
って、実は私が一番驚いてるんですけどね。」
そう言いながら雪見はカラカラと笑った。
「けど良かった!進藤さんと牧田さんに会って、少し落ち着いた。
知らない場所での会見だったら、緊張してきっと何にも話せなかったと思う。
ここなら健人くんの写真集の会見で一度来てるから、気持ちがぜんぜん楽!」
「だって、もうツアーも決まってるんでしょ?三人で。
『ヴィーナス』がスポンサーなら私達の出番、また有るといいな!」
スタイリストの牧田が、後でやって来る健人たちの衣装を準備しながらそう話す。
「よしっ、完成!アーティスト『YUKIMI&』の出来上がり!」
進藤の声に雪見が椅子から立ち上がり、全身を鏡で見てみる。
昨日、ラジオ放送終了後に急遽、今日の会見用のスタイリングを頼まれ
売り出したいイメージを、事務所側から伝えられてた進藤らは、
今日の朝からお披露目にふさわしい衣装とメイクを話し合い、
今までの雪見のイメージも壊さぬよう、スタイリングを決めたのだった。
「これがアーティストの『YUKIMI&』なの?」 自分の姿を不思議な気持ちで眺めてる。
大人のような、少女のような、年齢不詳という言葉が頭に浮かぶほど透明感のある、
ふんわりと優しい雪見がそこに立っていた。
「けど、話したらこのイメージ、ぶち壊しちゃうと思うんだけど…。」
雪見が心配そうに振り向いて、牧田に意見を求める。
するとその時、ノックの音と共に誰かが入って来た。
それは、マネージャーを下ろされた夏美であった!
「あら、いいじゃない!さすが『ヴィーナス』の腕利きスタイリストさんたちね。
昨日の今日なのに、私が伝えた通りのイメージに仕上がったわ!」
「えっ!?」 夏美の言葉に雪見が驚いた。
「私、マネージャーは下ろされたけど、キャラクタープロデュースからは降りてないから。
『YUKIMI&』は、私のイメージでプロデュースされていくの。
ってことで、改めてよろしくね!雪見。」
妖しく微笑みながら差し出した夏美の右手に、雪見は恐る恐る手を伸ばす。
手と手が触れた瞬間、後戻りの出来ない暗闇に引きずり込まれた錯覚を覚えた。