嬉しい悲鳴
「はぁぁ〜、終ったぁ…。」
三人が課題曲の『WINDING ROAD』を歌い終わり、今日の放送は終了した。
たった三十分の放送なのに、人生で一番長い三十分であった。
いつもなら、すぐに『お疲れ様でしたぁ!」とブースを出る三人だが、
今日は精も根も尽き果てて、再び椅子に座り直す。
「どうだったんだろ?俺たちの歌。上手く歌えてたのかな…。」
健人が心配そうに当麻と雪見を見る。
「私は、歌ってて楽しかったから、良かったと思うよ!
健人くんたちも、綺麗にハモれてたから大丈夫!自信持って。」
雪見は、やっと重圧から解放されて、いつもの笑顔に戻っていた。
「三上さん!お忙しいとこすみませんが、今の俺たちの歌、聞かせてもらってもいいですか?」
当麻がマイクを通して、ガラスの向こうでまだ忙しそうな三上に話しかける。
「あぁ、いいよ!今準備させる。
安心しろ!お前達の課題曲に対する反響も相当だから。
今日は俺たち、いつ帰れるかわかったもんじゃない。
良かったな!これでお前達のデビューも、きっと上手くいく!」
ガラスの向こう側から三上が、三人に笑顔でガッツポーズを贈った。
それを聞いて健人たちは、やっと安心することができた。
凄腕プロデューサーからもらった言葉は、突然のデビュー決定から今まで、
足元の見えない不安感に怯えながら、雲の上をふわふわ歩いていた三人を
しっかりと地上に降ろしてくれた気がした。
「良かったねっ!三上さんのお墨付きをもらったよ!」
雪見がそう言うと、二人は嬉しそうに微笑んだ。
と突然、♪曲がりくねった道の先に〜 と、雪見たちの歌声が聞こえてくる。
三人は神経を集中させて自分の声や音程、ハモりのバランスなどに注意しながら聞いてみた。
ついさっき、歌い終わったばかりの歌を聴き終え、またしても三人は
「はぁぁ…。」とため息。
「ねぇ。なんかいい感じじゃね?」健人がニヤッと笑いを浮かべて当麻を見る。
「うん。もしかして完璧ってやつ?っつーか、マジ完璧でしょ、これ!
すっごくない?俺たち!」
当麻の弾けるような笑顔に、健人と雪見も笑って「凄い凄い!」と相づちを打った。
「あとは心おきなく、デビュー曲の練習に没頭出来るね。
けどさ、課題曲の練習って大変だったけど、もう三人で歌う事が無くなると思うと、
ちょっと寂しいかな 。」
雪見が名残惜しそうにそう言うと、いきなり当麻が「あっ!」と大声を上げた。
「ゆき姉の騒ぎで三上さん、来月の課題曲発表を忘れてる!
まぁ、今日は仕方ないか。聞いてから帰らなくちゃ。
健人も今日はこれでおしまいでしょ?
久々に『どんべい』行って、三人で打ち上げしない?」
「それいい!賛成!行こ行こ!」健人たちがワイワイ言いながらブースを出る。
「お疲れ様でしたぁ!なんか、まだまだ忙しそうですね。
三上さん!俺、今気付いたんだけど、来月の課題曲、発表し忘れてますよ!」
「あぁ、いいの。しばらく休止にするわ。お前もデビューの準備で忙しくなるし。
帰るのか?外は報道陣が詰めかけてるって、一階の受付から連絡入ってたから
気を付けて帰れよ!俺らはお前達のお陰で残業だ!」
そうは言いながらも、三上はニコニコと上機嫌である。
予想以上の大反響に、これは勝算有り!とにらんだのであろう。
忙しさも嬉しい悲鳴と言ったところか。
だが、三人が出て来るのを待っていた、健人と当麻のマネージャーは、
嬉しい悲鳴どころか本物の悲鳴を上げていた。
「今日はここから出るのが、至難の技になるぞ!
三上さんが言った通り、外は報道陣とファンでごった返してる。
明日は三人で記者会見することが決まったから、詳しくは明日の会見で話します、と答えろ。
今日はこのまま事務所に直行して、常務と打ち合わせだ!」
今野の話に三人は、『どんべい』がぁ…とがっくりきた。
「しゃーないね。打ち上げはまた今度にしよう。じゃ、行きますか!」
当麻たちは、まだリスナーからのファクスやメールの整理に追われているスタッフに
労いの言葉をかけ、恐縮しながらスタジオを後にする。
当麻のマネージャー豊田が、外に出てマスコミ対応をしている間に
健人たち三人は、今野の車で事務所へ向かうことにした。
地下駐車場までエレベーターで下りる。
今野のワゴン車に乗り込み地上に出た途端、車の周りを報道陣やらファンに、
一瞬にして取り囲まれてしまった。どうやっても前に進めない。
豊田が、「危ないですから退いて下さーい!」と、車の横で声を張り上げているが
誰もそんな事、聞いちゃいない。
「しょうがない、当麻。窓を半分開けて、明日会見場で待ってます!とでも笑顔で言っとけ。
あいつら、写真の一枚でも撮らないと社に戻れないんだろうから。」
「了解です!ゆき姉、写真用のいい顔しといてよ!」
「写真用のって、どんな顔してればいいのよ!」「普通でいいから!」
初めての出来事に焦りまくっている雪見を、真ん中に座る健人がなだめた。
「じゃ、開けるよ!」
当麻が窓を開け始めた瞬間から、もの凄い数のフラッシュがたかれ
雪見は目が眩み、いい顔どころではなくなった。
「せっかく集まっていただいたのに、すみません!
明日の会見でご質問にはお答しますから。みなさんのお越しをお待ちしてます!
あと、ファンのみんなぁ!1月5日、CD買ってねぇ!」
当麻と健人は、余裕の笑顔でピースサインを、多くのカメラに向かってサービスした。
二人の奥に座った雪見に、そんな恥ずかしい事が出来る訳はない。
しかも写真用のいい顔なんて…。
「よし!窓を閉めて車を出すぞ!」今野が静かに車を発進させる。
ホッと一安心してるところで、当麻のケータイにメールが届く。
「あっ!香織さんからだっ!」当麻の嬉しそうな顔!
「何だって?早く教えて!」雪見が健人を乗り越えるようにして身を乗り出す。
「ラジオ聞いてたよ!だって。三人の歌が凄く良かったって書いてある。
ゆき姉のデビュー曲も良かったと伝えてくれ、って。」
「えーっ!当麻くんへのメールだけで済まそうとしてるな!さては。
で、そんだけじゃないでしょ?他にも書いてあるでしょ?
なに、そのニヤついた顔は!早く教えなさいよ!」
「今度、デビューの前祝いしなきゃねっ!だって…。俺と、って事?
そうだよね、健人!俺と二人でって意味でしょ?」
「うん、まぁそうなんじゃない?良かったね、当麻!」
香織の性格からして、二人きりって意味じゃないだろうなぁ…とは思ったが、
当麻があまりにも一人で盛り上がってるので、ほっとくことにする。
さぁ、もうすぐ事務所に到着だ!雪見は顔と心をキリッと引き締めた。