大反響
「はぁぁ…。」
歌い終わって雪見は、またしても大きく息を吐いた。
息を吐ききる事は、自らを現実に戻す作業のようにも見える。
しかし、この静けさは一体なんだ?
ラジオ番組なのに、しばしの沈黙が続くのはいかがなものか。
「ちょっと!歌い終わったんだから、なんか言ってよ!
人をムチャ振りで歌わせといて、この沈黙はあんまりじゃない?
これ聞いてる人が、ラジオ壊れたかと思うでしょ!
ごめんなさいね、みなさん!決してあなたのラジオ、壊れてませんから。」
雪見が、ボーッとしてる健人と当麻に向かって、渇を入れる。
「ご、ごめん!なんか初めて聞いた時よりも、胸が詰まっちゃって…。
うまく説明できないけど、細胞の一つ一つにゆき姉の言葉が入っていった気がした。」
健人がやっと我に返って、慌ててコメントする。
「俺も危うく、また泣くとこだった!やっぱゆき姉って、ただの猫カメラマンじゃないね。
こっちが本職で、カメラマンは世を忍ぶ借りの姿じゃないの?」
「失礼だね、当麻くん!なんてこと言うの!れっきとした猫カメラマンですけど、なにか?」
ふとガラスの向こう側に目をやると、なぜかスタッフが全員で、あたふたと
右往左往しているのが目に飛び込んできた。
「はぁ?みんな、どうしちゃったんだろ?なんかあったのかな?
ま、まさか、私がまだレコーディングもしてない歌を、公共の電波に乗せちゃったから
なんか問題になっちゃってるとか…。
やだぁ、だから言ったでしょ!事務所に怒られる!」
雪見は、完璧に自分の歌のせいで、苦情でも殺到しているのだと思い込んでいた。
健人と当麻も理由は解らないが、何か大変な事態が起きていることだけは間違いないと、
スタッフたちの様子を見ながら内心ビビッていた。
ディレクターからの指示も、もらえる状況じゃなさそうだし、
とにかく三人でこの場をつなぐしかない。
「ね、ねぇ、健人は俺たちのデビュー曲、どう思う?
俺、あんなかっこいい曲もらえて、メチャ嬉しいんだけど。」
当麻の視線は健人ではなく、ガラスの向こうに行っている。
「あ、あぁ。俺も大好きだよ、あの曲。きっとみんなにも気に入ってもらえると思う。
ダンスもまだ練習中ではあるけど、ほぼ完璧に近づいてきてるよね。
これまた、ダンスもカッコイイんだな!みんなにも覚えて踊って欲しい。」
「これ、忘年会なんかで完璧に歌って踊れたら、一気に人気者になれるよ絶対!
今年の忘年会、女子はゆき姉の歌、男子は俺たちの歌で決まりだねっ!」
「当麻ぁ!だからCD発売は来年の1月5日だって、さっきから何回告知してんの?
今年の忘年会は間に合わないの!」健人が呆れたように当麻を見た。
「そうだった!おっしいねぇ!てことは紅白も無理だって事?」
「あったりめーだ!どこ狙ってんのよ、当麻は。びっくりするわ!」
その時だった!ディレクターからやっと当麻に指示が来た。
曲を一曲挟め、との事。ガラスの向こうにOKサインを出す。
「では、ここで一曲お届けします。尾崎豊で『I LOVE YOU 』。
健人ぉ、愛してるよ!」
「だからぁ!新聞に載るっつーの!」
「はい!曲に入りましたぁ!」の声と同時に、三上が重たいドアを開け
当麻の元に飛んできた。
「おいっ!大変な事になってるぞ!
雪見ちゃんの歌が大反響で、問い合わせの電話やファクス、メールがパンク状態だ!
それに、すでに外には報道陣が集まり出したらしい!」
「ええっ!うそっ!?」三人が驚きの声を上げた。
「取りあえず、ここにある分のメールを紹介しとけ!もう少しでエンディングだから、
あまり時間は割けない。残りはまた来週紹介します、とでも説明して
課題曲に移る。じゃ、あとは頼んだぞ!」
それだけを早口でまくし立てると、小走りにブースを出て行った。
「なんか、大変な事になっちゃってるよ…。」
健人が、まだ収まる気配のないスタッフの慌てぶりを横目に、茫然としている。
「どうすればいいの?私。絶対に怒られるよ、常務に…。」
ガラスの向こうで今野が、ずっと誰かと電話してるのが気になった。
「とにかく落ち着こう!俺がメールを読んでる間に落ち着いて!
課題曲を失敗するわけにはいかなくなったから…。
これを失敗したら、きっと一生後悔するよね?」
当麻の言葉に二人がうなずく。
「曲、あと十五秒で明けます!」
「よし!最後まで頑張るよ!」当麻が自分にも言い聞かせるように、二人に言った。
「ちょっと、みんな!今スタジオは大変な事態になってます!
ゆき姉の歌に対しての反響がもの凄くて、電話、ファクス、メール共に
パンク状態になってしまいました!
せっかく感想をお寄せ頂いても、今は繋がらない状態なので、
もうしばらく待ってから感想をお寄せ下さい。
って事で、いやぁここまで反響が凄いとは!びっくりだね!
ゆき姉はどう?これ、みんなゆき姉に来たメールやファクスだよ!
時間がないから、ほんの一部しか紹介出来ないんだけど…。
じゃ、これにするかな?
えーっと。『当麻くんを始め健人くん、ゆき姉、いつも楽しく聞かせてもらってます。』
どうもありがとね!『まずはデビュー決定、本当におめでとうございます!
嬉しくて嬉しくて、飛び上がって喜びました!
特にゆき姉の歌!こんなに心に響いた歌声は、生まれて初めてです!
ちっとも悲しくなんかないのに号泣してしまいました。
これってラブソング…ですよね…。
ゆき姉にこんな素敵な歌をプレゼントされた人は、究極の幸せ者ですね!
もしかして、そこの二人だとか?
どうか、いつまでも仲良しな三人でいて下さい。
今日の課題曲も楽しみにしています!がんばれぇ〜!!』
横浜にお住まいのラジオネーム、松ぼっくりさんからのメールをご紹介しました。
なんか、ゆき姉のことなんだけど、自分が褒められたみたいで嬉しいよね!
他にもたくさんのメッセージ、ありがとうございました!
今日は時間が無くなっちゃったから、また次回にご紹介したいと思います。
じゃ、いよいよ課題曲の発表会といきますか!あー、ドキドキする!」
三人は椅子を立ち上がり、それぞれのスタンドマイクの前にたった。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「楽しく歌おう!私達、やればできるよね!」
雪見がニコニコしながら、健人と当麻の瞳を見つめた。
「うん!大丈夫!」 「絶対いけるよ!」
三人の歌う『WINDING ROAD』も、このあと大反響を呼ぶのであった。