作戦会議
真由子は、自分が思い付いた戦略の大まかな内容を、ワイングラス片手に私に話し始めた。
「まずはメール作戦ね。ベタな方法だけど、あんたの場合ここからスタートが妥当だわ。
まぁ、中学生並みのアプローチだけど仕方ない。
とにかく一日一回はメールすること。あ、適度な絵文字を忘れずに!
本当はもっとたくさん送りたいとこだけど、超忙しい健人の邪魔をしたんじゃマイナスだから、ここはグッと耐えて取りあえずは一日一回。
返信はいらないよ!って気遣いをみせて、今日もお仕事がんばって的な事や、お疲れ様~♪みたいな、相手に負担のかかんない程度から始めよう。
で、何回に一回かは返信がくるとして、そしたら次は徐々に自分の近況報告や健人のドラマの感想とか…」
「ねぇ!それじゃあ、ファンがブログに書き込む内容と変わりないじゃない。」
「あれ?健人のブログ、見てみたんだ。」
「そ、そりゃ見るよ。気になるもん。
すごいコメント数で、びっくりしちゃった。
こんなにみんな健人くんのこと好きなんだ!って、ちょっとへこんだ。」
「そうだよ。あそこに書き込む人数の百倍はファンがいると思いなさい。
いや、百倍じゃきかないな。それだけあんたにはライバルがいるってこと。」
「それって無理じゃない?どう考えたって無理。
だって、みんな若いんだよ?健人くんより年下か同年代。
私なんか、お呼びじゃないって感じ。あのブログ読んで…そう思った。」
「まーた始まった!だから、年なんか関係ないって何回言わせるの。
私、毎月アイドル雑誌全部買って読んでるけど、健人は『恋愛に年齢は関係ない』って今月号でも話してたよ?」
「でも……。どこからも自信が湧いてこないよ…。」
そう言って私は、グラスのワインを一気に飲み干した。
「しょうがないなぁ。」
真由子はつぶやきながらソファーを立ち上がり、壁一面にある本棚の中から健人が載ってる雑誌をすべて取り出した。
どさっ!
テーブル上に、何十冊もの雑誌が積まれる。
その中には健人の写真集も何冊かあった。
「これ全部持ってっていいから、健人のページをすべて読みなさい!
あんたは、大人になってからの健人を知らなさすぎる。
今の時点で他のファンに遅れをとってんだから、早く健人のこと勉強してみんなに並ばないと。」
それだけ言うと真由子はキッチンに向かい、少し早い夕食の準備に取りかかった。
真由子が退いたあとのソファーに、すかさずジローが飛び乗る。
隣で私はジローの頭をなでながら、テーブルの雑誌に手を伸ばした。
何冊か、目次から健人のページを探してインタビューなど読んでみる。
だが、どこか上の空で、活字は目の中に見えてはいるが、頭の中には入ってこない。
ふと、健人の写真集が目に留まった。
「これは…。」
表紙をめくった一頁目に、真っ青な海が飛び込んできた。
360度の青い空と青い海。
その真ん中に、膝下まで海に浸かる健人が、眩しそうな顔をして青空を見上げてた。
これ、竹富島の海だ!
私の大好きな、あの竹富島の海だ!
私は急いで他のページをめくった。
そこには、海ではしゃぐ健人。真剣に星砂を探す健人。
木陰でうたた寝する健人。満天の星空を見上げる健人…。
私の見たことのない表情をした、たくさんの健人がいた。
でも、なにかが心に引っかかる。
確かにどの写真も、いいアングルばかり。
健人くんのいろんな表情を撮してる。
でも…。
健人くんの心が感じられない…。
表面上の美しさだけに囚われて、本当の健人の内側は何も映し出されてないように思えた。
だめ!こんな写真じゃ、健人くんがかわいそう !!
心の無い、ただのお人形みたい。
いくらアイドルが『偶像』だからって、健人くんにはちゃんと心があるんだ!
…そうだ。私…カメラマンじゃない。
私、カメラマンだよ!!
私が撮ってあげる。本当の健人くんを。
見る人すべてが、まるごとの斎藤健人を好きになるような心が映った写真を、私が撮る!
そう思ったら、もうここにはいられなかった。
「ごめん、真由子!私、帰る。
やらなきゃならないことを思いついたの。」
「えーっ!なによ、いきなり!まだ作戦会議は始まったばかりだよ?
しかもどうすんの、このパスタ!せっかく出来上がったとこなのにぃ!」
「ごめんごめん!私の分も食べて。どうしても早く仕事がしたいんだ。
じゃ、また連絡するから!」
呆気にとられる真由子の前から、あっという間に私は姿を消した。
久しぶりに心が沸き立つのを覚える。
何を撮ればいいのか解らないで悩んでいた時に、運命的に出会った野良猫。
あの時の出会いと同じような、ひらめきと使命を感じていた。
絶対、誰にも負けない!
健人くんの魂が乗り移った写真集を、私が作る!
真由子のマンションを出て街に飛び出した私の顔は、きっと力強いカメラマンの目になっていたに違いない。
火照った頬に、夕方の風が心地よい。
さぁ、まずは健人の事務所と交渉だ!