夢の叶え方
「やっぱ、戦隊ヒーローの人気って絶大だよね!
だってもう番組終ってから何年?健人が高三の時でしょ?てことは三年前だ。
それなのに、まだあの子たち信じてたもんね。俺もヒーロー物、やってみたかったなぁ!」
汗を滲ませキムチ鍋を頬張る当麻が、うらやましそうに健人に言った。
「まあね。あの時は学校との両立でしんどかったけど、あれが無かったら
今の俺の人気はないからね。やらせてもらえて感謝してる。
戦隊物ってさ、大体親子で見るじゃん。
だから、一家でファンになってくれる確率が高い!」
健人がビールを飲みながら笑ってる。
「そうか!だから健人のファン層は厚いんだ。納得!
でも、まさか健人のいとこが写真誌のカメラマンだなんてね。
ゆき姉からメールもらって、ビックリしたよ。もう現れないといいけど…。」
「きっと目をつぶっててくれるよ。俺の事、可愛がってくれてた人だから…。」
健人は願いを込めて、そうつぶやく。そしてキッチンに立った雪見に、礼を言った。
「ゆき姉、ありがとね。俺だったらこんな作戦、思いつかなかった。
もしかしたら、お金で解決しようとか思ったかも知れない。
だったら俺って、最低だよね。ゆき姉一人も守れないなんて…。」
そう言って健人はビールを飲み干し、手の中の缶をグシャッと握り潰した。
雪見が冷えたビールを持って戻り、健人の隣りに座る。
「健人くん、それは違うよ。今回は私が健人くんを守りたかっただけ。
健人くんと思い出を守ってあげたかったの。
だって、健人くんにとっては大切な人でしょ?あの人。
私も血が繋がってるわけだし、悪い結果にだけはしたくなかったから。
健人くんが、いつも私を守ってくれようとしてるのは、ちゃんとわかってるよ。
だから危険を承知で、私と一緒に暮らそうと思ったんでしょ?」
「ゆき姉…。俺、本当に何があってもゆき姉を離さないから。
ゆき姉がいない毎日なんて、もう考えられない。」
「健人くん…。」
二人は、ただお互いの瞳を熱く見つめ合った。
雪見が健人の頬に手を伸ばし、ゆっくりと顔を近づける。
と、その時!
「ストーップ!間違っても俺の前で、キスとかしないでよ!」
慌てて当麻が止めにかかる。
「フフフッ…。もうダメッ!
アーッハッハ!見た?今の当麻の顔!最高だったよ!」
「やだ、おかしすぎてお腹が痛いっ!当麻くん、やっぱ可愛いっ!」
健人と雪見が、お腹を抱えて笑い転げてる。
「うそっ!?もしかして、今の芝居だったの?ゆき姉まで?なんだよ、それ!?」
当麻が、バツ悪そうに顔を赤らめる。
「ゆき姉、完璧っ!役者の当麻をだませちゃうんだから。
歌手の次は女優になりなさい!そんでこの三人でドラマに出よう!」
健人が嬉しそうに言う。
「うーん、それはない。三月まで思いっきり歌ったら、早く猫カメラマンに戻らなきゃ。」
雪見は笑いながら言ったが、健人はおろか当麻までもが、急にしゅんとした。
「ねぇ…。なんでそんなに三月にこだわるの?
別に猫カメラマンに戻るのに、約束の期限なんてないじゃん。」
健人が、ずっと気になってたことを、思い切って雪見に聞いてみる。
「そう、期限なんてないよ。だから自分で期限を決めてるの。
じゃないと、いつまでたっても戻れない…。」
当麻もこの際だからと、思ってる事を口にした。
「もし、ゆき姉のデビュー曲がヒットして、事務所が契約の延長を申し入れたら?」
「あははっ!そりゃない!ヒットだなんて、あり得ないから心配ご無用!
あ、もう一つ理由があった。三月は健人くんの誕生日があるから。」
「えっ?俺の誕生日?それと何の関係があるのさ。」
「21日の誕生日に、ファンとのバースディイベントがあるでしょ?
それを最後の仕事にしたいんだ。健人くんの専属カメラマンとして、
22歳のパーティーを最後に写して終るなんて、すっごく素敵じゃない?
絶対に、一生忘れられない仕事になると思う。」
雪見は一瞬、カメラマンの顔になった。
「やだよ!俺は。悲しくて一生忘れられない誕生日になる。」
そう言って健人は、悲しげに目を伏せる。
「ねぇ、健人くん。ごめんね、今日ははっきり言っとく。
この世界は、やっぱり私のいるべき場所じゃない。
なんだか、私の夢からどんどん遠ざかってる気がするの。
だから早くに軌道修正しないと。
健人くん達より私は、十二年も夢を実現する時間が短いんだから…。
それにさ、こうやって一緒に住み始めたんだし、離ればなれになるわけじゃないんだから
今の生活と何にも変わらないって!
あー、やめやめっ!また年の話で暗くなっちゃう!
やだ!お鍋も煮詰まってるじゃない!少しお湯を足さないと…。」
雪見はキッチンへお湯を沸かしに立った。
残された健人と当麻は、すっかり考え込んでいる。
「夢を実現する時間、か…。当麻はそんなの、考えたことある?」
「無い。健人は?」
「俺も無い。っつーか、夢自体ぼんやりしてて、よくわかんないや。
けどゆき姉には、はっきりと夢が見えてるんだよね。
ある意味うらやましいな…。」
そこに雪見が戻ってきて、健人と当麻に聞いた。
「ねぇ。夢の実現の方法って知ってる?
急がば回れで、一番小さな夢から一つずつ叶えていくの。
一つ夢が叶うと、『あぁ、夢が叶うってこんなに嬉しいものなのか !』
って思って、もう一つ夢を何か叶えたくなる。
で、一歩ずつ大きな夢に近づいていくんだ
私は、わらしべ長者方式って思ってるんだけどね。
健人くんの一番小さな夢ってなに?」
「一番小さな夢?なんだろ。最初に頭に浮かんだのは、お休みもらって
一週間ぐらい、のんびり旅行がしたいかな?」
「じゃ、当麻くんは?」
「俺?そうだなぁ。あ!ダブルデート!彼女を連れて健人たちとダブルデートがしたい!」
「いいねぇ、それ!楽しそうじゃん!ディズニーランドとか行けたら最高だねっ!」
「よしっ、決まり!まずは当麻くんの夢、叶えよう!
で、昨日は香織のアドレス、聞き出せたのかな?当麻くん。」
「いや、それが…。真由子さんの邪魔が入って …。」
「ほんとに真由子ったらもう!
当麻くんが自分で聞き出すことに、意義があるんだけど…。
仕方ない!教えてあげるから、あとは作戦考えてどうにかしよう!
きっと叶えるぞ!ダブルデート!」
いやに雪見が盛り上がってる。
それにつられて健人と当麻も、俄然夢の実現が楽しみになってきた!
今夜の飲み会も、まだまだ終わりは遠いに違いない。