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優しい作戦

雪見が急いでマンションに戻ると、すでに健人は出掛けた後だった。


『ちゃんとお見送りしたかったな…。朝ご飯も作りたかったし…。』

朝ご飯の恨みは、きっと一生消えそうもない。


でも元をたどると、私が昨日冷蔵庫を空っぽにしなければ、予定通りに朝ご飯を作れたわけで。

なんで冷蔵庫を空っぽにしたかと言うと、私が一人デビューをごねて

スタジオを飛び出して来たからであって。

ヤケになって料理に走ってしまったばかりに、冷蔵庫が空になって…。

で、冷蔵庫が空だったからコンビニに出掛けて、写真を撮られたという…。

なーんだ、結局は自分のせいじゃん!という所に落ち着いた。


今日は早めに事務所に行って、常務に謝らないと…。

あ、その前に健人くんに連絡しないと、心配してるだろうな…。


なんて考えながら居間に入ってビックリ!自分ちとは思えない、この散らかりよう!


テーブルの上には、サンドイッチの袋と野菜ジュースのパックが散乱してるし、

床の上にはまたしても、猫と遊んだ後と思われる丸めたチラシが多数転がってるし。

寝室に行けば、雪見がいなくて慌ててガバッと飛び起きたままに、

ベッドから掛け布団が落ちる寸前であった。


『あっちゃー!整理整頓や片付けが苦手だとは、よくインタビュー記事で読んでたけど

まさかここまでとは!

こりゃ毎日健人くんが出掛けた後は、掃除からスタートだな!』


よし!と腕まくりをし、手際よく部屋を片付けてゆく。

洗濯だって、今日からは二人分。料理の下ごしらえも二人分。

何だって二人分かと思うと、ひとりでに顔がにやけてしまう。


今日の晩ご飯は何にしよう。健人くんの好きなチーズハンバーグがいいかな?

もしかして当麻くんも食べに来るかもしれないから、お鍋にしようか。

あとで買い出しに行ってこなきゃ。ビールも忘れずに…と。


あ!健人くんに連絡するの、すっかり忘れてたぁ!

まずい!あんなに心配してたのに!


それから雪見は慌てて健人にメールを入れた。


お疲れ様。頑張ってる?

私は無事家に帰ったから

安心してね。

話があるから休憩時間に

電話下さい。


  by YUKIMI


それから三十分ほどで、健人から電話がきた。


「もしもし、健人くん?ごめんね、仕事中に。

あ、私なら無傷だから大丈夫!安心して。

それより、今日は八時のレッスンに間に合うんだよね?あのね…。」


詳しい事の経緯を説明して、今野さんにも協力してもらうことにした。

あとは当麻にも。


「私、色紙持って行くから、子供達にサインしてやってね。

斎藤健人のサインじゃなく、変身前のジュピターレッドのサインだよ!

子供達はジュピターレッドに会いに来るんだから。

当麻くんは戦隊もの、やってなかったっけ?じゃ、三ツ橋当麻のサインでいいや。

うん、当麻くんには私が頼んでおく。今野さんにはお願いね。

大丈夫!きっと上手くいく。だって、健人くんの好きだった義人兄ちゃんでしょ?

元々、悪い人じゃないんだから…。うん、わかった。じゃ、スタジオでね。」

健人はまだ不安げであったが、雪見は必ず上手くいくと自分を信じた。


さて、あとは当麻くんにメールして、買い出しに出掛けよう!

色紙とマジックも買ってこなくちゃ!



夜七時半。みんなより三十分早く事務所へ行き、常務に昨日の非礼をまず詫びる。


「申し訳ありませんでしたっ!私、とっても失礼なことをしてしまったと後悔してます。

あんなに常務と三上さんが私の歌を買って下さったのに、少しも心を開けなくて…。

私にまだチャンスは残ってるでしょうか?

今度は私からお願いします。どうか私をデビューさせてくださいっ!」


雪見は、もしこれで許してもらえなかったら、土下座してもいいと思いながら

小野寺に深く頭を下げ、微動だにしなかった。

だが、雪見の覚悟は無意味で…、あっさりと小野寺はデビューを許可した。


「ありがとうございます!私、本当に頑張ります!

三月に燃え尽きて終われるよう、全力でお仕事しますから!」


「こちらこそ、よろしく頼むよ。

今日からきみの名前は、『YUKIMI&』だ!

最後の『&』は発音しないが、健人と当麻につながってるという意味でつけた。

三人で、デビューまで切磋琢磨して頑張って欲しい。」


雪見は、その『&』が何より気に入った。

私は一人じゃない!そう思える事ができて、心強かった。


常務にお礼を言ってからスタジオに移動すると、すでに健人と当麻は来ていて

雪見を温かく迎えてくれる。

「よかったね!ゆき姉。これからよろしく!」当麻が嬉しそう。

「今日から一緒に頑張ろうね、俺たちと。」健人が優しく微笑んだ。



三人で固い握手を交わしていると、スタジオのドアが控えめに開いて

一人の男の子が顔だけのぞかせる。


「あっ!ジュピターレッドだ!本物なの!?」パタパタと健人に駆け寄った。

続いて弟も駆けてくる。「本物だよ、兄ちゃん!パパが言ってたもん!」


突然の兄弟の登場に、心の準備がまだだった健人は少し慌てたが、さすがは俳優、

一瞬にしてレッドになりきり、子供達のリクエストに応えて変身ポーズを決めてみせる。


父親である義人も、今野に連れられてスタジオに入ってきた。


「ようこそ。」健人が義人に右手を差し出し、二人は握手する。

それを見て子供達は、「パパって凄いんだね!ほんとにレッドのいとこなんだ!」と、はしゃぎ回った。


健人を真ん中にして子供達が手をつなぎ、義人がプロの顔つきで写真を写す。

子供達の顔は実に嬉しそうに輝いていて、それを写す義人の顔もほころんだ。

最後に雪見が自分のカメラを取り出し、当麻、義人も三人の中に加わって

五人の記念写真を撮ってやる。


「ああ見えてもあのおばちゃん、パパに負けないくらいのカメラマンなんだよ。」

健人が笑いながら子供達にささやいた。


「だーれがおばちゃんよ!まっいいか。じゃ、みんな、おばちゃんのカメラを見てね!はい、チーズ!」

いい写真が撮れた自信がある。みんなが心から笑っていたから…。


別れ際、雪見は鞄からコタとプリンの写真集を取り出し、健人に渡して

今度は『斎藤健人』のサインを入れ、子供達に手渡した。

「今度、埼玉の家にこの猫たちを見においで。待ってるから。」

そう言って健人は、最後の握手を力強くする。


雪見は、「子供達の夢、壊さないでやってね。」とだけ義人にささやいて

手をつないだ三人が、スタジオを出て行くのをそっと見送った。



それ以来、義人が雪見たちの前に現れることは、二度となかった。


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