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思い出せない人

後ろから誰か付けて来るのではないかと、ドキドキしながら

エレベーターを待つ時間のなんて長いこと!

『早く来てよ!』とひたすら祈り、ドアが開くと同時に素早く乗り込んで

閉ボタンを連打した。


『どうしよう…。絶対に私に向けてシャッターを切ってた…。

でも、どこにいたんだろう?音の方向はわかったけど、姿が見えない。

多分、相当な望遠レンズで狙ったはず…。』


エレベーターのドアが開いたので、考え事の続きをしながら降りる。

しかし!はたと周りをよく見ると、そこはなぜかさっき乗ったのと同じ一階であった!

慌てて飛び乗り、閉ボタンを連打したまではよかったが、何階かを押し忘れてたのだ。


『バッカだなぁ!なにやってんのよ、雪見!

でも…。これって神様が、確かめに行きなさいって言ってるのかな…。』


なぜか雪見はこういうピンチに直面した時、どこからか訳の解らない、

場にそぐわない好奇心のようなものが湧いてきて、よく考えもせずに

ふらふらと直感だけで行動してしまうことがある。


まさしく今がその状態で、雪見を写していたのが誰か?という一番重要な事よりも

どこに身を隠して撮っていたのか?という、どうでもいい事を確かめたくて

キャベツや卵の入った袋を手にぶら下げながら、またマンションの外に出てしまった。



シャッター音がしたと思われる方向に歩き出す。

なぜか、さっきのような恐怖感は影を潜め、代りに、絶対尻尾をつかんでやる!

という反撃精神がメラメラと燃えてきた。


こういう場合、雪見は自分のことを『双子座の二面性が出てきたんだから仕方ない』

と、変ないい訳を自身にして行動する。

まるで、『私が悪いんじゃないのよ。双子座に生まれたせいよ。』と

責任転嫁でもするように。

こんな事、世の双子座仲間がみんなでしてたら、下手すると凶悪事件にでも巻き込まれ

そのうち日本の人口は減りかねない。

と言うか、こんな解釈をして行動するのは雪見だけだと思うのだが…。



その時!ハザードランプをつけて止まっていた無人の車の影から、

大きな望遠レンズ付きカメラを手にした一人の男が、ひょこっと立ち上がった!


一瞬ドキッとしたが、雪見はすぐにその男をキッと睨み付け、

「ちょっと、あんた!さっき私のこと、写してなかった!?」と、大声で怒鳴った。

が、怒鳴ったすぐそのあとに、

『もしも自分を狙って写したんじゃなかったら、超かっこ悪い展開になっちゃうぞ!』

と後悔して、今度はにっこりと微笑みをたたえながら、穏やかに言った。


「あのぉ、私の勘違いだったらごめんなさい。

あなたの手にしてるキャノンの最新カメラ、一体なにを被写体にしてたのかしら?」


雪見はそう優しく言いながら、『またしても双子座だ!』と密かに自分に突っ込んだ。

だからぁ!双子座って、そんなんじゃないっつーの!



車を挟んで目の前に立つ男は、オドオドしている。

最初の、雪見に入れられた渇が相当効いたらしい。

年の頃は四十代前半か?いや、もしかするともう少し若いのかも知れない。

髪はボサボサで、着ている服もイケテない。

どう見ても、写真週刊誌や女性誌のカメラマンではなさそうだが、

こんなプロ仕様の、マニアックなカメラを持ってるとこ見ると

芸能人狙いか何かのカメラ小僧…いや、カメラおっさんか?

もしかして、雪見のマンションに出入りする、当麻や健人を狙っていたとしたら…。

下手なことは聞けないが、それとなく探りを入れてみる。


「あのぉ、何を写してたんですか?この辺りに面白いものでもありました?」

雪見は、数少ないグラビアの仕事で体得した、これ以上ないというくらいの

モデルスマイルで、穏やかーに小首を傾げて聞いてみた。


するとその男は、聞こえるか聞こえないかの小さな声で、あろう事か

「浅香雪見さん、ですよね?」と聞いてくるではないか!


「はぁ?そ、そうですけど、なにか?」


「俺のこと…、覚えてない?」


「えーっ?」 そう言われてマジマジと見つめるが、どこかで会った事

あるような、ないような…。

「ごめんなさい、どこでお会いしたんだろう…。」

雪見は、いくら考えても思い出せなかった。


「むかーし夏休みに、埼玉の健人の実家で…。毎年会ってたよね。」


「えっ!健人くんの実家で、毎年会ってた?あなたと?」


思ってもみなかった言葉に、雪見の思考回路は一瞬停止した。

その後、一つずつ記憶をさかのぼって行くと、確かに昔の夏休み、お盆の前後に

健人の実家には親戚がたくさん集まってた時期があった。

あの時にいた誰かだという事はわかったが、なんせ当時の斎藤家というのは

健人に近い親戚から雪見のように遠い親戚まで、ちいばあちゃんの周りに

実に多くの人達が集まって来ていた。

大人は大人同士、ひとかたまりになって酒を酌み交わし、一年ぶりの再会を喜び合う。

子供は子供だけでテーブルを囲み、ワイワイご馳走を食べては近くの

あの河原に出掛け、虫採りをしたり蟹を捕まえたり、缶蹴りをして遊んだ。


今思えば、誰がどういう繋がりの親戚かなんて、まったく気にも留めていなかった。

この人物の名前さえも思いつかないが、雪見と健人の親戚であることだけは間違いない。


それにしても、なぜ雪見を隠れてまで写していたのか…。

赤の他人よりもたちが悪い予感がして、身震いがした。



その時、手の中のケータイが鳴った。健人からだ!


「もしもし、ゆき姉?今どこにいるの?

目が覚めたらゆき姉がいないんだもん、心配したんだよ!どうしたの?」


「あ、ごめん…。朝ご飯作ろうと思ったら、冷蔵庫が空っぽで…。

コンビニに買い物に出たんだけど、マンションの前で写真を撮られちゃって…。」


「えっ!嘘でしょ!?どこの雑誌に?」


「それが…。雑誌じゃなくて、私達の親戚らしき人に…。」


「誰だよ、それ!」



美味しい朝ご飯を作って健人を起こすという、夢に見てた同居初日の朝は、

この突然現れた冴えない男によって、無惨にも打ち砕かれてしまった。


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