雪見の決断
三十過ぎの女三人と、二十歳そこそこのイケメンアイドルが二人。
もしもここが居酒屋だったら、この絵図はどうなんだろ?
健人と当麻が、仮にただの大学生だったとしても、だ。
だが真由子にとってはそんなこと、どうでも良かった。
なんせ、大好きなアイドル二人に囲まれて酒が飲めるんだから、
まさしくここは、夢のようなパラダイスに違いなかった。
「もう、今日は雪見に感謝だわ!
あんたが、『一人じゃ歌いたくな〜い!』ってごねて、飛び出して来てくれたお陰で
ここでこの二人と、美味しいワインが飲めるんだから!」
真由子は凄いピッチでグラスを空けたせいで、もうすでに第一ラウンド
終了間近である。
「真由子!ちょっと飲み過ぎだよ。少し私のベッドで一眠りしたら?」
「そんなぁ!今日から健人と一緒に寝るベッドに、まさか私が先に寝る
わけにはいかんでしょう!
あ!もしかして、早く帰ればいいのにぃ!とか密かに思ってたりして?」
「変なこと言わないでよ!もう、酔っぱらいなんだから!
じゃ、いいからソファーに横になりなさい!今、毛布持って来てあげる。」
雪見が立ち上がり、寝室に毛布を取りに行く。
雪見が席を外してすぐに、真由子は健人に向かって、本気とも冗談とも
つかぬ事を言った。
「雪見を泣かせたら、この私が承知しないから!
一緒に住むって決めた以上、最後まで責任持ちなさいよ!」
「大丈夫、安心して。俺って世間のイメージほど、チャラくはないから。
ゆき姉を幸せに出来るのは、世界中で俺しかいないと思ってる。」
瞳を見つめて健人が、ドラマのセリフ張りに真顔で言ったので、
真由子はそこでテクニカルノックアウト!
「私、もう死んでもいい!」そう叫びながらソファーにダイブして、
そのまま気を失ったかのように眠りに落ちた。
「ちょっと、真由子!なんて格好して寝てんのよ。風邪引くでしょ!」
そう言いながら、雪見がそっと毛布を掛けてやる。
「少し真由子を眠らせたら、起こして私も一緒に帰るからね。」
香織が、真由子の幸せそうな寝顔を見つめながら微笑んで言った。
「いいよ、しばらく寝かしてやって!残業続きで疲れてるのに、
私のために飛んで来てくれたんだもの。ほんと有り難いよね、親友って…。」
雪見も、なぜ真由子はこんなに幸せそうな顔で寝てるんだろう…と
不思議に思いながらも、心の中で彼女に感謝した。
「そうだ!健人くん、明日から今野さんの迎えの車、どうするの?
まさか毎朝迎えの時間に合わせて、自分のマンションに戻るわけ?」
雪見がハッと我に返ったように、心配そうに健人に聞いた。
「大丈夫だよ。今野さんにだけは正直に話してきたから。」
「えっ!今野さんに話したの?私と一緒に住むことを?
今野さん、なんて言ってた?」
「しばらく考えた後、了承してくれたよ。但し条件がある、って。」
「なに?その条件って…。」 雪見は緊張しながら健人の言葉を待った。
「事務所にバレないようにする代りに…、ゆき姉を説得して来いって。
ゆき姉をどうしてもソロデビューさせたい!って…。」
「その条件を呑んで、健人くんはここに来たわけ…。」
その時すでに、雪見の顔から笑顔は消えていた。
「違うよ。そんな条件出される前から、俺はゆき姉を説得するつもりだった。
俺は…。俺はゆき姉のあの歌を、日本中の人達に聴いてもらいたいんだ。
あの歌は、ゆき姉が歌うべき歌なんだ!」
健人は真っ直ぐに雪見と向き合い、目を見て真剣に気持ちを伝えた。
「俺も、ゆき姉のあの歌、大好きだよ!ずーっと聴いていたい。」
当麻が微笑んで言う。
「ゆき姉さぁ、忘れちゃったの?
ゆき姉にはこんなイケメンの最強ナイトが、二人もそばにいるってこと。
俺たち、どんなことがあっても、ゆき姉を守り抜くって誓ったよね。
あの約束は永遠に有効だよ。
だから勇気を出して、俺たちと一緒に新しい事にチャレンジしてみようよ。
絶対に楽しいって!三人での全国ツアー!」
「全国ツアー!?どういうこと?」びっくりして雪見が健人に聞き返す。
「俺と当麻は毎年別々に東京と大阪で、ファンミーティングをやってきたんだけど、
それを今年は五大都市で、合同でやろうってことになったらしくて。
そのツアーにゆき姉も参加させて、三人のライブとおしゃべりを中心の
ステージを計画してるらしい。」
「そっ!『当麻的幸せの時間』と『ヴィーナス』のコラボツアーだって!
もちろん健人の写真集もね、ホールのロビーで写真展をやるって言ってたよ!
ゆき姉が沖縄で写した俺たちの写真の、未公開ショットを展示するみたい。
ねっ!楽しそうでしょ?だからやろうよ、俺たちと一緒にツアー!」
当麻は、すでに決まったかのようにワクワクしているのが、すぐにわかった。
健人も、ジッと雪見を見つめて、良い返事を待っている。
雪見は、健人と当麻の写真展をやるというところに、気持ちがグラッと揺れた。
「雪見。こんなに雪見のこと思ってくれる人たち、他にはいないよ。
そろそろ誠意を持って、その気持ちに答えるべきじゃないのかな。」
香織も穏やかに微笑んでいた。
三人が雪見を見守ってくれている。
もちろん、そこのソファーですやすやと眠る真由子も…。
「やってみようかな…。
こうなったら浅香雪見って人間が、どれほどのもんなのか、
自分自身を徹底的に、お手並み拝見と行こうか。」
雪見の言葉に、三人はハイタッチをして喜んだ。
「良かった!ゆき姉のその言葉を待ってたよ!
必ず俺たちがサポートするから。だから何も心配しないで。」
当麻が本当に嬉しそうに、雪見に言う。
「私も応援するよ。ツアー中のめめ達のお世話は、任せておいて!」
香織も、いつもの穏やかな優しい笑顔で、雪見を見つめた。
健人は、自分の思いを受け止めてくれた雪見を、早く抱き締めてあげたいと思った。
今日から二人の新しい生活が、ここから始まる。
これからは毎日一緒にいられるんだ。
雪見を説得する事ができてやっと今、健人は喜びを噛み締めることができた。
側らのソファーでは、何も知らない真由子がまだ寝息をたてていた。