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親友の優しさ

スタジオを飛び出した雪見は、廊下を歩きながらケータイを鞄から手に取り、

誰かに電話をかけ始める。


「あ、もしもし、真由子? 私。

今、忙しい? そう…、残業中なんだ…。

わかった、ごめん!忙しいのに電話して。ううん、いいの。

ちょっと頭にきた事あったから、聞いてもらおうかと思っただけ。

また今度聞いてもらうわ。いいのいいの!仕事、頑張ってね。

私?これから真っ直ぐ帰るよ。今日は寄り道する気分じゃないから。

うん、わかった。じゃ、またねっ!」


真由子がダメなら香織に、と思ってアドレスを開いたが、すぐにパタンと

ケータイを閉じた。


『やっぱ今日は一人でいいや…。』



どこへも寄り道せずに真っ直ぐマンションへと帰ったが、エレベーターの中で

ちょっと後悔した。

ビールとワイン、家にある分じゃ足りなかったな、と…。




「ただいまぁ!帰って来たよ!」

めめとラッキーは寝ているらしく、ウンともスンとも返事がない。


こんな日は、誰かに「お帰り!」なんて優しく言われて出迎えられたら

きっと泣いちゃうんだろうな…。

そう思ったら急に寂しくなって、健人に会いたくなった。



『健人くんと当麻くんに、何にも言わないで飛び出して来ちゃった…。

きっと今頃、みんなに説得されてるんだろうな。

なんであの場で、もっと議論しなかったんだろ、私。

いつもの私なら、徹底的にやっつけてから出て来るのに…。

なんか、二人を見捨てて来ちゃったみたいだよね、これじゃ 。


あの時は頭に血が上って、自分の事しか考えられなくなってた。

でも今、少しだけ冷静に考えてみると、健人くんと当麻くんの夢さえも

なんだか私がぶち壊してしまったような気がする…。』


私は、取り返しのつかない事をしてしまったのか?

自分はいいとしても、健人たちのデビューはどうなるのか?

まさか、私がごねたばかりにあの二人のデビューも、無くなりはしないよね?

次から次へと悪い事ばかりが頭に浮かんで、どんどん落ちてゆく。


『いかんいかん!負のスパイラルにはまってる!

こんな時には違う事に集中して、一旦頭を切り替えないと。

そうだ!冷蔵庫の中身を全部使って久しぶりに、料理何品作れるか大会をしよう!』


それは昔、専門学校を卒業し、カメラマンのアシスタントをしていた

時代によくやった一人遊び。

仕事が上手くいかなかったり嫌なことがあったりした時、家にある食材を

全部使い切るまで、ただひたすら料理に没頭するのだ。

冷蔵庫が空っぽになる頃には気分がスッキリして、また次の日から頑張る事ができた。

まぁ、その後何日かは、それを食べ続けることになるのだが。


雪見はビール片手にキッチンにこもり、冷蔵庫の食材を全部並べて

昔の事を思い出しながら、料理を開始した。

元々、健人のお母さんみたいに、料理の得意な女性になりたくて、

調理師免許まで取ってしまったほどの腕前。

ビールも進んで鼻歌交じりに、次々と皿を埋めていく。


テーブル一杯に並んだ料理を見たら、また健人を思い出した。


『健人くんが一緒にいたら、きっと「めっちゃ美味そう!」って、

嬉しそうに平らげてくれただろうな…。』


そう思うと、なんだかまた気分が落ちてしまった。

よし!じゃあ、ワインでも開けるか!と、ワインオープナーをコルクに突き刺した時、

ピンポーン♪とインターホンが鳴った。


「健人くん!?」


走って玄関へ行き鍵を開けると、「お助けマン、参上!」と立っていたのは

なんと、真由子と香織であった!


「真由子!残業じゃなかったの?香織まで一緒に…。」

それだけ言うと、突然涙が勝手に溢れてくる。


「やっぱりね…。あんたからの何年振りかのSOSだと思ったから、

残業なんてぶん投げて、香織にも招集かけて飛んで来たんだよ!

あれ?その割にはいい匂いがするけど…。」


部屋に上がった真由子と香織が、テーブルの上を見て驚いてる。

「あんた、一人でやけ食いでもしようっての?

なに、このパーティーみたいに並んだ料理は!

ま、ちょうど良かった!持ってきたワインに合いそうな料理ばっかり。

これ、私が輸入する第二弾のワイン!早く二人に飲ませたかったんだ!

さ、食べよ食べよ!」


真由子と香織は、雪見に何があったのか一言も聞かず、他愛もない

おしゃべりをいつも通りにして、いつも通りにお酒を飲んだ。

こんな時二人は、根掘り葉掘り涙の訳を聞いたりせずに、

雪見が自分から言い出すまで、そっとしておいてくれる。

その優しさが雪見には一番の、心の絆創膏であった。


ワインを二本空けたところで雪見が「あのね…。」と、その日の出来事を

ぽつりぽつりと話し出す。


「健人くんと当麻くんと三人で、CDデビューする話があってね…。」


そこまでしか話してないのに、真由子がいきなり「なんだとぉ〜!?」

と叫んで立ち上がった!


「まぁまぁ、落ち着いて!座りなさいよ、真由子。まずは雪見の話を、

最後まで聞いてあげよう。」

香織はいつも穏やかで冷静で、すぐに熱くなる真由子や雪見を上手く

コントロールしてくれる。

男っぽい性格の真由子とは正反対で、雪見はいつも香織の事を

「マシュマロみたいな女の子」と表現しては真由子に叱られてた。

「33にもなった女を、女の子と呼ぶんじゃないっ!」と。

でも香織はきっと永遠に女の子だと、密かに雪見は思ってる。


「それで?デビューする話がどうしたの?」

真由子と違って、芸能人に何の興味もない香織はいたって冷静に、

真剣に雪見の話を聞いてくれた。

それに引き替え真由子は、案の定ギャーギャー騒ぎながら聞いている。


「ねぇ。その雪見が書いた歌、聴いてみたい。

雪見の事だから、もうピアノの弾き語りができるんでしょ?聴かせてよ!私達に。」

香織が瞳を輝かせて、雪見にリクエストした。


「うーん、なんだか恥ずかしいけど、曲は本当に素敵な曲なの!

だから歌詞も、スラスラ頭に浮かんできたんだ。

じゃ、ちょっと弾いてみるね。」


そう言って雪見は、部屋の隅にある電子ピアノの前に座り、鍵盤に指を置く。

まるで自分の持ち 歌であるかのように前奏を弾き、静かに歌い出した。



健人と当麻に捧げる、愛の歌を…。


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