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落とし穴

三上の突然の発言は、そこにいた者すべてに衝撃を与えた。

いや、すべてでは無い。ただ一人、小野寺をのぞいては…。


「どういう事なのか、納得のいくように説明して下さい!

私の聞き間違えでなければ、三人のユニットではなく、

健人くんと当麻くんがデュオで、私はソロのデビューでというように

聞こえましたが?

それって、まったく始めと、お話が違うと思うんですが!」


雪見が語気を強め、三上を睨み付けるような鋭い目つきで言った。

普段は穏やかだが、こんな目つきになった時は大抵人格が変わり

『よくも私を怒らせたわね!』という場合が大半である。

雪見は、理不尽なことを言う人間が大嫌いであった。


健人と当麻も雪見の周りに集まり、三上に疑問を投げかける。


「三上さん。俺もデビューは三人でと思っていました。

それがどうしてこうなったのか、教えて下さい。

昨日のラジオの時だって、一言もそんな事は言ってなかったですよね。」


当麻は、自分が大変お世話になっているプロデューサーであろうとも、

自分たちに対しての、いや雪見に対しての横暴な発言は、断じて

聞き流すことは出来なかった。

それは健人にしたって同じなのだが、今回ばかりは当麻の方が雪見の盾にと、

三上の前に毅然とした態度で立ちはだかる。


雪見は当麻の横顔を眺めながら、こんな時にこんな事を思うのもなんだが、

当麻って十三も年下なのに大人だよなぁ、と感心した。

いやいや、今はそんな事に感心している場合じゃない !

一刻も早くに白黒はっきりさせなくては…。


「三上さん。私の書いた歌詞に問題があるのなら、プロの方が書いた

歌詞を付けて頂いてかまいません。

さっき聞いたアップテンポの曲を、振り付きで歌えとおっしゃるなら

これから一生懸命練習します。


私は、三人でなら、歌に挑戦してみようと思いましたが、

一人でデビューせよとおっしゃるならば、このお話はお断りせざるをえません。

なぜなら、それは私が望んでいる事ではないからです!」


雪見はそれだけ言うと、あとは三上の返事を待った。

だが、先に口を開いたのは、三上の隣りにいる小野寺だった。


「雪見さん。きみは自分では、気が付いていないのかも知れないが、

素晴らしい才能の持ち主なんだよ。


僕もこの会社に入ってから、多くの歌手志望の子たちを見てきたが

いくらなりたいと望んでも、デビューさえ出来ない子が大勢いる。

たとえデビューしたとしても、中央に出て行けるのなんて

ほんの一握りにしか過ぎないんだ。

どんなに事務所がバックアップしたとしても、だよ。

それはなぜか。すべては天性の才能の有る無しで決まる、シビアな世界だからだ。

才能だけは、どう事務所がお金をつぎ込んでも、身に付けさせてやる

ことは出来ないからね。


一昔前なら多少歌が下手くそでも、顔さえ良ければそこそこ売れた時代もあった。

だが今は違う。本物の才能と、整った容姿を手にして生まれた者にだけ

道は開けるんだ。

どんなに欲しい!と望んでも、努力をしても手に入れられないものって

世の中にはたくさんあるんだよ。


きみは、誰もが欲しいと望んでいるものを、手の中に握っているんだよ!」


小野寺は、雪見の瞳だけを真っ直ぐに見据えて、そう力説した。

雪見は小野寺の瞳を見て、なんとなく事の輪郭がわかってしまった気がした。


小野寺はもしかして、最初から雪見のソロデビューを計画していたのではないのか。

それを始めから伝えると、即座に断られるのが目に見えているので

まずは健人たちと三人でと安心させ、音楽の方に気持ちを向けておいてから、

三上と説得しようと思ったのではないか。


だったとしたら、健人と当麻は…。

あんなにデビューを喜んだ二人は、罠に仕掛けられた、ただの餌?

いや、そんなことは無いと思いたい。

二人はこの事務所にとって、大事な大事な売れっ子アイドルなのだから。


だが、次に話し始めた三上が、決定的なことを口にした。


「はっきり言うようだが、三人でデビューしたところで売れるのは

物珍しい最初だけだろう。

健人と当麻のファンが飛び付くだろうが、次第に雪見ちゃんの存在が

鼻についてくる。

別に、雪見ちゃんだからってわけじゃないよ。

どうしたって、自分が好きなアイドルの隣で親しげに立つ同性を

ファンが厳しい目で見るのは、致し方ないことだ。

反対に、雪見ちゃんに付いた男のファンだって、健人と当麻の存在が

うっとうしくなってくる。

結局はどっちつかずになって失敗に終るパターンを、今まで散々見てきたんだ。

だったら始めから、別々に売り出した方が絶対にいい。


健人と当麻は踊れる俳優だから、ダンスをメインにしたデュオで、

雪見ちゃんはもちろん、自分で書いたさっきの歌で勝負する!」


三上が熱く力説すればするほど、雪見は反対に冷めていった。

あんなに頼み込んで歌詞を書かせてもらったのが、バカみたいに思えた。

三人の歌だと思ったから、心を込めて書いたのに…。


三上と小野寺は、さっき聞いた雪見の歌が決定的だったと言った。

あの歌を多くの人に聴いてもらいたい、と。


健人と当麻のために作った歌が、結果として自分の首を絞めたのか…。

雪見は、自分を笑うよりほかなかった。


「フフフッ。まーたやっちゃったんだ、あたし。

自分で掘った落とし穴に、自分で落ちちゃったって訳ね。

もう、今日は穴から這い上がる気力も残ってないから、私帰ります。」


それだけ言うと雪見はバッグを手に取り、みんなが止める声も聞かずに

スタスタとドアから出て行った。



残された健人と当麻は、ただぼんやりと雪見の去った軌跡を、目で追うばかりである。

あんなに楽しみだったデビューも、今となってはどうでもいい事のように思えた。


雪見と一緒じゃないデビューなんて…。


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