分かれ道
雪見が歌い終わったというのに、誰一人として言葉を発する者はいない。
それどころか、背中の停止ボタンでも押されたかのように
みな、身動きさえも出来ずにいる。
雪見の書いた詞が、雪見が歌うことによって命を吹き込まれ
印象的なメロディーラインに乗せて、そこにいた全ての者の心に
ダイレクトに届いた。
それは、すでに完成された永遠の名曲を、生ででも聴いたかのように感動的で、
心の震えが止まらない歌声であった。
それ以前に健人と当麻は、この歌が雪見から自分たちへのメッセージ
であると気が付き、
雪見の想いが胸に染みて、自然と涙が滲んでいた。
歌の世界から現実に戻り、辺りを見回して急に不安になった雪見は、
恐る恐る三上に聞いてみる。
「あのぉ…。私の歌、ダメだったでしょうか…。」
「いや…。」
たったそれだけの返事しか戻ってこない。
隣りに立ち尽くす小野寺にも聞いてみるが、首を横に一度振るだけ。
何も語りはしなかった。
雪見は、やっぱり自分の書いた歌詞ではダメなのか…、と落胆し悲しくなってくる。
その時、健人と当麻のマネージャーが「素晴らしい!」と言いながら、
夢から覚めたようにいち早く拍手をした。
すると、その拍手によって催眠術から解かれたかのように、
三上、小野寺も口々にしゃべり始める。
「いやぁ、ビックリしたよ!
ただのデモテープを渡しただけなのに、こんなに凄い歌になって戻ってくるとは…。
やはりきみは、僕が思ってた通りの人だ !」
「うちの事務所にあるきみのプロフィールには、音楽関係の事は
ひとつも書かれていなかったが、何もやってなかったってことはないだろう?」
「いえ、小学中学と児童放送合唱団にいただけで…。
あとはピアノを七年間習ったって事ぐらいです。」
「きみのことを、健人の親戚のカメラマンとしか認識してなかった、俺がバカだった。
三上さんに言われた通りだ!
きみはすでに実力と話題性を兼ね備えた、一人の完成されたアーティストなんだよ!」
雪見は、自分の事を言われれば言われるほど、無性に腹が立ってきた。
歌詞をわかりやすく伝えるために歌っただけなのに、少しも歌詞に対する
評価はなく、ただ雪見の歌を褒めるばかり。
そんなことはどうだっていいのに…。
三人のために書いたこの歌詞が、採用されるかどうかを知りたいだけ。
側らにたたずむ健人と当麻が、気になって仕方なかった。
「あの…。それで、この歌は三人のデビュー曲になれるんでしょうか?」
「いや、それは無理だ。」
三上が、さっきとはうって変わって、冷たく言い放つ。
歌う前には小野寺と二人で、「これ、いいんじゃない!」って笑顔で言っていたのに…。
「だめ…ですか…。」
雪見は、精一杯書いた想いが届かなくて、失恋にも似た悲しみを覚えた。
だが、こうなる可能性もあると言うことは、充分承知の上で無理を言って
書かせてもらったのだ。
ただ単純に、自分の力不足だと諦めるよりほかなかった。
健人と当麻の、沈んだ顔だけが心に痛かったが…。
「わかりました。大事な健人くんと当麻くんのデビュー曲ですもんね。
やっぱり、素人がたった三日ばかりで書いた歌詞なんて、今をときめく
アイドル二人組に歌わせることなんて、出来ませんよね!
済みませんでした、貴重な三日間を無駄にして。
健人くんも当麻くんも、ごめんね。
やっぱ一晩で書き上げて、カラオケなんかに行ったのが悪かったかな?
もっと、よーく考えて悩んで書けばよかった。
なんか、溢れるようにスラスラと書けちゃったから…。」
雪見が二人に向かって笑って言うと、健人と当麻は慌てて作り笑いをした。
「なに言ってんだよ!俺はめちゃめちゃ感動したよ!
すっごい、いい歌だった!見て見て!当麻が泣いてるから!」
「そう言う健人だって、今にも号泣しそうな顔で聞いてたくせに!
ゆき姉、マジでいい歌だったよ。俺にとっては世界一の歌。ありがとね。」
当麻はあの歌詞を聴いて、雪見が何も言わずして自分を許してくれたんだ、
と感謝した。
そして健人は、雪見がいつまでも自分の隣りにいてくれると歌ってくれた
そのことだけで、充分嬉しかった。
二人の落胆だけが気がかりだった雪見は、健人と当麻が喜んでくれてたことを知り、
やっと笑顔になってさっぱりした気持ちで三上に聞いた。
「じゃあ、早くデビュー曲を聴かせて下さい!
すぐにレッスンを始めないと!なんせ私達、俳優とカメラマンですから。
素人がデビューするようなもんだもの、一生懸命練習しなくちゃ!
健人くんも当麻くんも、当分の間は飲みに行ってる場合じゃないからね!」
「それはこっちのセリフだよ!お酒に関しては、ゆき姉が一番誘惑に弱いんだから!」
三人はすでにテンションいっぱいに、ワクワクしながら本物のデビュー曲の
登場を待っていた。
「よし!じゃあ、もったいぶらずに聞かせるとするか!」
三上がそう言いながら、用意されたデビュー曲をみんなに聴かせる。
それは、もう一曲あったアップテンポな方の曲で、ダンスナンバーのような
アレンジがされていた。
「うわぁっ!メッチャかっこいい!なんか踊りたくなるね!」
高校生の時に、ダンススクールに通っていたほどダンスが得意な健人は、
そう言いながら身体でリズムをとる。
当麻も、「こんなかっこいい歌、スッゲー嬉しいけど上手く歌えるかなぁ?
もしかして、振り付けとか難しかったりする?」と、はしゃいでいる。
「私、歌うのはいいけど踊りは無理!振りを付けながら歌うなんて、
どう考えても無理ですから!」
雪見が三上に向かって訴えた時、三上はよく理解出来ない事を口にした。
「この曲は、雪見ちゃんのデビュー曲じゃないよ。」
「えっ?私のデビュー曲じゃない、って…。どういう事でしょうか。」
雪見はもちろんのこと、身体を揺らして曲にのってた健人と当麻も
ハッと真顔になり、三上の次の言葉を言いしれぬ胸騒ぎと共に待った。
「この曲は、健人と当麻二人のデビュー曲に決めた。
きみのデビュー曲は、さっき自分で歌った曲がそうだよ。」
「おっしゃってる意味が、よくわかりません!
私は、三人一緒にというお話だったからこそ、デビューを承知したのであって、
私一人でのデビューなんて、ただの一度も望んでませんから!」
突然、訳の解らぬ事を言い出した三上に対して、雪見はキレる一歩手前であった!