鎮魂歌
「本番五秒前!四、三、二…」
「皆さん、こんばんは!今週も『当麻的幸せの時間』がやってまいりました!
一週間元気でしたか?俺はもちろん、元気に決まってるでしょ!
そんじゃ今日のゲストを紹介するね。
今週の相棒はもちろん、皆さんお待ちかねのこの二人です!」
「どうもでーす!めっちゃ今日を楽しみにやって来た、斎藤健人です!
ねぇねぇ、まだ出て来ないの?あれ!」
「私も右に同じく、今までで今日が一番楽しみな、浅香雪見です!
ほんとにいいの?ここでそんなことしちゃって!」
「なに二人で意味深なこと言ってんの、みんなが誤解するでしょ!
二週間ぶりに登場の健人とゆき姉、そして俺の三人でお送りします。
えー本日は、この前皆さんからいただいたリクエストにお答えする第一弾、
題して『予測不能の飲み友パーティー!』と言う企画でお届けします!
なんせ、リクエストで断トツに多かったのが、
『三人で飲みながらおしゃべりして欲しい!』ってリクエスト。
もうすっかり俺たちの酒好きが、みんなに浸透してるようで…。」
「だって、俺たち三人の放送の時って、いっつも酒絡みの話ばっからしいよ、
自分たちじゃ気が付かないけど。
この前飲みに行ったら、友達にそう言われた!」
「ほらほら!言ってるそばから酒絡みの話じゃん!健人の友達は正しいです!
大体、ゆき姉が話す話は99%飲んだ時の話でしょ?」
「失礼しちゃう!それ以外の話だってしてるでしょ!
第一、猫の撮影中の話は酒絡みじゃありませんから!」
「でも、撮影終った後は必ず飲むでしょ?」
「うん、まぁ…。」
こんな感じでスムーズに放送が始まり、本人達はもちろんのこと
直前まで泣いてた雪見を心配してたスタッフ一同も、ホッと胸をなで下ろした。
「よし!じゃあ酒を持って行け!三人ともお待ちかねだぞ!」
ディレクターの指示でアシスタントが、ありとあらゆる種類の酒が
たくさん乗ったワゴンを、ガラガラと押しながら放送ブースに入って行った。
「わーい!やっと来たぞぉ!えー、凄くない?こんなに飲んでいいの?全部タダ?」
「なに健人がちっちゃい事言ってんの!しかもこんなに飲めるわけないでしょ!
っつーか、こんなに飲んじゃったら放送にならんわ!」
「凄いねぇ!色んな種類を用意してくれたんだ!
マッコリに紹興酒、カクテルにテキーラまである!うーん、迷っちゃう!」
「俺はやっぱ、始めはビールでスタートだな!喉乾いたもん!」
「よし、健人はビールね。じゃあグラスをどうぞ。あとは勝手に自分で注いで!
あ!二人とも言っとくけど、この放送は三十分番組だってことをお忘れなく!
二時間の宴会コースじゃありませんから。」
「そうだった!じゃあ一気に酔えるものの方がいいんじゃないの?
健人くん、ビールじゃ酔えないからあとは違うのにしてよ!
リスナーさん達は、酔っぱらった健人くんがどうなるかに興味があるんだから。
じゃ、私は…と。あ、泡盛がある!これにしよう。すぐ酔えるから。」
「大丈夫?いきなり泡盛のストレート!さすがゆき姉、貫禄が違う!」
健人と当麻は、グラス二つに雪見が注いだ泡盛を見て、そのうちの一杯は
今朝亡くなった竹富島の民宿のおばちゃん、ひさえさんに捧げる一杯
なのだな、と思った。
雪見は一つのグラスを自分の前に、もう一つのグラスを隣の空いている
所にそっと置いた。
「じゃ、当麻は何飲む?俺が作ってあげる!」
「いいよ、自分でやるから!健人に作らせたら、とんでもない濃さにするもん!
俺は梅酒のロックにしよ!最近はこればっかだよね、俺って。
じゃあ、とっとと乾杯しよう。時間が無くなる!
じゃ、今日も一日お疲れぇ!カンパーイ!うんめーっ!」
「今のはダジャレ?梅酒を飲んでうんめー!って。オヤジじゃん!」
今日の放送は、合間の曲も挟まずに、おしゃべり中心でいくことになっている。
曲は、最後に雪見が生で歌う『涙そうそう』一曲のみ。
なぜ雪見がこの曲を生で歌うのかの説明は、MCである当麻に一任することにした。
三人は、まるで何事もなく前回の放送から二週間経ったかのように、和気藹々と
聞いている者が、居酒屋にでも三人がいるんじゃないかと錯覚するような、
そんな楽しいおしゃべりを展開してみせた。
お酒も進み、飲み会ならばまだまだこれから!というところだが、
三十分なんて時間はあっという間で、もう早エンディング間近になってしまった。
「えーっ!もうこんな時間!?まだ十分ぐらいしか経ってないんじゃないの ?
時計、合ってる?ディレクターが言うんだから間違いないのか。」
「ねぇ!この企画、三十分じゃ足りないって!また来週もやろうよ!」
「来週はダメだよ!忘れたの?俺たちの課題曲の発表会があるんだから。
この後、行っちゃう?カラオケ。最後の練習をしないと。」
健人と当麻がおしゃべりでつないでる間、雪見はスタンドマイクの前に立ち、
エンディングのスタンバイをしている。
三十分の間に泡盛だけを三杯飲み干したが、少しも酔えなかった。
泡盛を一口、口に含むたび、民宿でおばさんと飲んでは歌った夜を
思い出し、涙が滲む。
だが、泣いていては場が白けてしまうので、泡盛と共に涙を飲み込んだ。
「では、そろそろエンディングです。
今日最後にお届けするのは、ゆき姉が生で歌う『涙そうそう』です。
実は今朝、ゆき姉が竹富島のお母さんと慕っていた、民宿のおばさん、
ひさえさんが亡くなりました。
今日のこの番組をとても楽しみにしながら、息を引き取ったそうです。
この曲は、ゆき姉が民宿に滞在中、毎日のようにおばさんにリクエストされて
泡盛を飲みながら歌った、大切な思い出の曲だそうです。
だから今日はゆき姉、泡盛しか飲まなかったんだね…。
大丈夫?歌える?」
「大丈夫だよ。ごめんなさいね、みなさん。
私のわがままで、今日は歌わせてもらうことになりました。
おばちゃん、聞いてる?私の最後の歌だよ!
では、『涙そうそう』です。お聞き下さい。」
雪見はイントロの間、目を閉じて何かを祈っている。
目を開け雪見が歌い出した時、健人と当麻は、沖縄の風が頬を撫で
スッと通り過ぎたのを、確かに肌で感じた。
雪見も、おばさんが側らで聴いているのを感じながら、
最後の歌を心を込めて歌うのであった。