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雪見の涙

「う、うーん。あれ?俺、また寝ちゃったのか…。ヤバっ!もう朝じゃん!

なんだ、ゆき姉もこんなとこで寝てるよ、風邪引くのに。

あ!歌詞、出来上がってる!頑張ったんだ、ゆき姉。どれどれ?

え?これって…。俺と当麻の事…?」


その歌詞は、一番に当麻のこと、二番に健人のことを書いてあるような

気がする。

今の二人に重なって、読み進めるうちに段々と胸が熱くなり、

自然と涙がこみ上げてきた。


ふと、雪見が突っ伏して眠るパソコンの横を見ると、そこには昨日発売したばかりの

『ヴィーナス』が、雪見たち三人のページを開いたまま置いてある。

それは石垣島で撮影した、あの時のグラビアだった。


健人も昨日は一日忙しかったので、まだ見てはいない。

そーっと手を伸ばし、本を手に取る。

そこには、溢れる笑顔で心の底から幸せそうな顔をした健人、雪見、

そして当麻の三人が、愛穂のカメラによって鮮やかに写し出されていた。


『そう…。この時は毎日が楽しくて仕方なかったなぁ。

三人でバカやって、笑い転げて、一晩中おしゃべりして。

竹富島の夕日を見て、当麻と二人で泣いたっけ…。

またあの時みたいに、三人でどっか行きたいな…。』


健人は、グラビアを一ページめくって眺めるごとに、自分の隣りには

この二人の存在が必要不可欠なんだ、と改めて確信する。


『絶対、ゆき姉のこの歌でデビューしたい!』健人はそう強く願った。





翌日の金曜日。今日は当麻のラジオに健人と雪見が出演する日 。

当麻に会うのはあの日以来で、お互いが朝から少し落ち着かなかった。


だが一つだけ、救われることがある。それは二週間前。

次回健人たちが出る時にやって欲しい事を、リスナーに募集したところ

一番多かったリクエストが『三人でお酒を飲みながら話して欲しい!』というものだった。

それに応えて今日の放送は、題して『予測不能の飲み友パーティー!』

という企画になっていた。

初っぱなから、乾杯で始める予定である。

気まずい三人にとって、お酒の力を借りられると言うのは有り難い事で、

そのお陰で三十分間、どうにかやって行けそうな気がした。



放送開始一時間前の午後四時。先ずは当麻がスタジオ入りする。

いつもと違って緊張気味なのにプロデューサ ーの三上が気付き、当麻に声を掛けた。


「どうした?当麻。いつもより元気が無いけど、お袋さんの具合でも

また悪くなったか?」


「いや、大丈夫です。済みませんでした、家の事で心配かけちゃって。

母さんも月曜には退院出来そうなんで、もう心配ないです。」


「だったらいいけど。明日からレッスン開始だって聞いてるか?」


「あ、はい、聞きました。デビュー曲も決定するって。

三上さんにはほんと、お世話になりっぱなしで…。

また歌の方でもよろしくお願いします!」


「こっちこそ、久々の大型ユニット誕生の瞬間に立ち会えるんだから、

ワクワクしてるよ!

デビューまでかなりキツイと思うけど、みんなで一緒に頑張ろうな!」


「はい!」



当麻は、三上と話しながらもチラチラと、ドアの方を気にしてた。

次に来るのは健人か、雪見か。入ってきたら、なんて声を掛けよう…。

あれこれ頭で考えるうちに、ドアが開いた。健人だ!


「よぅ、お疲れ!お袋さん、大丈夫だった?」

最初に声を掛けたのは、健人の方が先だった。

健人も、ここへ来る車中で悩んでの第一声である。


「う、うん。月曜に退院できるって。色々…、心配かけてごめん。」


「いやいや。もう心配なんかしないから安心して!

それより、今日は酒を飲みながらって聞いたから、昨日は酒抜いといたよ。

めっちゃ楽しみ!これ、いい企画だねぇ!

けど、ゆき姉はあんまり飲ませちゃうと収拾つかなくなるから、俺たちで

うまくコントロールしないとね。」


健人は、当麻よりも多くしゃべることによって、早く自分を解放しようと思っていた。

実際、一気に話したら気持ちが楽になって、当麻への感情が落ち着いた。



しばらくして雪見がやって来る。

「おはようございます…。」みんなに挨拶するが、明らかに元気がない。

目も、泣きはらしたかのように腫れている。


「どうしたの?ゆき姉。なんかあったの?」

ただならぬ雰囲気をいち早く察知した健人が、雪見の顔を覗き込んで聞いてみた。


「いや、なんでもない…。私の事は気にしないで…。」

口ではそう言いながらも、健人と当麻の顔を見た途端、こらえていた

感情がプツリと音をたてて切れ、止めどもない涙になって溢れてしまった。


「どうしたのさ、ゆき姉!ちゃんと話して!」

当麻が雪見の肩に手を置いて、心配そうに問いただす。


「おばさんが…。竹富島のおばさんが…。死んじゃった…。」


「えっ!」


覚悟していた事とは言え、さっき届いたばかりの訃報に

雪見は、心を落ち着かせる時間もなく、ここへやって来たのだ。


「いつ…。いつ、亡くなったの?」


「今朝だって…。今日のラジオ、楽しみにしてるって…。

楽しみにしてるって昨日電話で言ってたのに…。」


それだけ言うのが精一杯で、あとは声にならなかった。

健人と当麻は、取りあえず雪見を椅子に座らせ、プロデューサーの三上と話をした。


「ゆき姉…、今日は無理じゃないですか?こんな状態じゃ…。

あと本番まで時間が無い。」

当麻が、三上と健人を交互に見ながらそう言う。


「うーん…。そうだな。これじゃ、しゃべりは無理だろう。

仕方ない、今日はお前達二人でやってくれ。少し台本を手直しするから

自分たちのとこだけ、取りあえず目を通しておけ!」


三上が慌ただしく放送ブースを出ようとしたその時、

「待って下さい!」と雪見が、うつむいたまま声を掛けた。


「やります…。やらせて下さい。

約束したんです、おばさんと。私、歌うから聞いててね、って…。


三上さん。お願いがあります。

私に、『涙そうそう』を歌わせてください、オンエアで。

一番最後でいいんです!

最後におばさんの大好きだったこの歌で、おばさんを送ってあげたい…。

お願いします!お願いします!!」

雪見はもう泣きやんで、あとはただ三上に必死に訴えるだけであった。


「わかったよ。今日のエンディング曲は、雪見ちゃんの『涙そうそう』だ!

おい!大至急用意をしてくれ!この前の、三線バージョンでいいね?」


「はい!一生懸命歌います!ありがとうございました!」



乾いた涙のあとには、決意の笑顔がのぞいていた。


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