当麻への電話
「あ、当麻?俺だけど…。久しぶり。おばさんの具合はどう?
あぁ、豊田さんに聞いた。病院に運ばれたって…。
そう、何でもなくて良かった!
心配してたんだ、ずっと。携帯が繋がらないから…。
あのさぁ。小野寺さんから話を聞いただろ?デビューの話。
今日、ゆき姉と呼ばれて三上さんに会ってきた。
一ヶ月後にレコーディングだって。
で、デビュー曲の歌詞を、ゆき姉が三日間で自分に書かせてくれ、って
また直談判しちゃった。
ほーんと、いっつもこうなんだから、この人は…。
自分で自分を忙しくする天才だね、まったく。
ゆき姉ね、俺たちの大事なデビュー曲を、他人なんかに作らせてたまるか!
って、もうパソコンに向かって書き始めてるよ。
そう、今、ゆき姉んちにいる。
俺たち…。一緒に暮らすことに決めたんだ…。
今はまだバタバタしてるし、すぐには無理だけど
近いうちに、俺がゆき姉のマンションに移るから。
いや、俺のマンションはそのままにして、取りあえずの物だけ運んで。
あんなに一杯の服ゆき姉んちに持ってったら、ラッキー達の寝床が無くなるよ!
当麻にだけは先に伝えておこうと思って…。
三人でのデビューが決まった以上、俺たち、グダグダやってる暇なんてないよね。
ラジオの課題曲だって、まだ全然練習してないし…。
明日には東京、戻って来んだろ?
あさってのラジオの後にでも、久々にカラオケ行かない?
あ、ゆき姉が、『それまでに歌詞が完成してたらね!』だって!
別に俺たち、二人で行ったっていいもんな!
あははっ!ゆき姉、怒ってる!
『あんた達の歌を書いてんだからねっ!』だって。
仕方ないから、ゆき姉が書き終わってからにしようか。
またあとで、色々文句言われそうだから。
俺…。デビューが当麻とゆき姉の三人で出来て嬉しいよ。
三人でいれば、怖いものなしだもん。どんなに大変でも頑張れる。
当麻は?そう…、良かった!三人が同じ気持ちなら大丈夫だね。
頑張ろうな!昔二人で話してた夢が叶うんだから…。
まぁ、当麻と二人でデビュー!って夢に一人加わっちゃったけど。
明日、気をつけて帰って来いよ!おばさんによろしく伝えて。
じゃ、また…。」
健人は長い電話を切って、はぁぁ…とため息をついた。
当麻は、多くを語りはしなかったが、少しだけ笑ってくれた。
何とか三人の仲を修復できそうだ。
そう思うと一気に肩に入ってた力が抜け、心地よい疲労感の中で
徐々に眠気が襲ってきた。
雪見はと言うと、健人に背を向け、デスクの前でパソコンとにらめっこ中だ。
健人が当麻に対して、何をどう伝えるのか、始めはハラハラしながら
電話に耳を傾けていた。
一緒に暮らすという事も、いつかは伝えなければならない。
ならば事後報告するよりも、早くに伝えておこう。
当麻は俺の親友だから…。
電話をかける前、健人はそう言って自分を納得させていた。
当麻がショックを受けないはずはなかったが、隠しておいて後で判るよりも
その方がよっぽど良いと、 雪見も自分に言い聞かせる。
そしてどうやら上手く心を伝えられたようなので、雪見は安心して
作詞に没頭することにした。
疲れているはずなのに、なんだかやる気が湧いてくる。
よし!絶対にいい詞を付けてやる!
雪見は三上から借りたデモテープを、ヘッドフォンで聴きながらイメージを膨らませ、
聴いてくれる人に想いが届くよう、一言ずつ丁寧に言葉を選んでいった。
時が経つのも忘れて…。
「うーん!ちょっと休憩しよう。健人くん、コーヒー…。
あれ?寝ちゃってる?そうだよね、疲れたよね今日は…。
まっ、いいか。明日の朝、送ってあげる。
お休みなさい。大好きな健人くん!」
そう小さな声で言って、雪見はソファーの上で寝てしまった健人に
毛布を静かに掛けてやり、頬にお休みのキスをそっとした。
それからコーヒーを入れて再び健人の側らに座り、その綺麗な寝顔を
ジッと見つめながら、今日一日を思い起こしてみる。
編集部にいた夕方まで、私はあの出来事を引きずって四日間を過ごした。
何もかもが宙ぶらりんのまま、どこをつかんで立ち上がればよいのかも
わからずにいた。
それが、何時間か前に突然のCDデビューの話によって、すべてが清算され
健人との仲も当麻との仲も、必然的に復元せざるを得ない状況に…。
元通りの関係に戻れるのは嬉しいが、今、冷静になって考えてみると
私がCDデビューする意味はどこにあるのか。
四月にはまた猫カメラマンに戻る私が、一月にデビューしてどうしようと言うのか…。
そんなこと、あの時は深く考える時間も与えられないまま、
流されるようにしてOKしてしまった。
それで良かったのか?これから私はどうなって行くの?
考えれば考えるほど、不安は際限なく広がってゆく。
だが今、穏やかな健人の寝顔を眺めていると、健人には素直に
『夢が叶って良かったね!』と言ってあげられる。
そうか。私は大好きな人の、夢の手伝いが出来ればそれでいいんだ…。
自分がどうのこうのじゃなく、健人が夢を実現するためのサポートを
近くでしてあげられれば、それだけで充分私も幸せなんだ!
やっと自分の中で理由が見つかり、雪見はさっきまでとは違った気持ちで
急いでパソコンの前に座り直した。
よーし!世界一素敵な歌をプレゼントしてあげる!
大好きな大好きなあなたと、そしてあなたの大切な親友へ…。