第一ラウンド
「で、どうだったの?イケメンくんとのご飯は。
あのあと、すぐに連絡きた?」
「うん、まあね。すごいお洒落なお店を予約しといてくれた。」
「どこどこ?なんてお店?どこにあるの?」
真由子が身を乗り出して、矢継ぎ早に聞いてくる。
今までのパターンからいくと、この先お店の名前から始まって、何を食べた?何を飲んだ?
何を話した?店を出た後どうしたこうした、と話は続いていくはず。
で、最後の締めは「彼と付き合うの?」と聞いてくる。
たとえそれが、ただの仕事仲間であっても古くからの知人であっても、飲んだ相手が男とわかれば最後の質問は「付き合うの?」で決まりだ。
私は、その店が夜景が綺麗で料理が斬新でお洒落で美味しかったこと。
今度香織も誘って三人で行きたいね!など差し障りない話題で核心から遠ざけようと試みた。
が、真由子には、どんな小細工も通用しない。
いきなり「で、イケメンくんとは付き合うの?」と聞いてきた。
「ちょっと待ってよ!私、一言でも健人くんのこと、好きだって言ったっけ?」
「言わなくても、顔見ればわかるに決まってんでしょ?
いったい何年の付き合いだと思ってんの、私たち。」
確かに。おっしゃる通りです。
今までの男との付き合いも、一回目の食事のあとにすぐ心を見破られた。
真由子いわく。
「あんたがその男と付き合うかどうかは、大体一回目のご飯のあとにすぐわかるわね。
何にも言わなくても、そういう顔になってるもん。」
そういう顔、とは、どんな顔だろ。
私、今、どんな顔してる?
鏡を見たくて仕方ない。
「付き合うもなにも、健人くんとはそんなんじゃないし。だって親戚だよ?
それに年だって一回りも違うんだから。」
「でも、好きになっちゃった。よね?」
「だからぁ!私が今まで年下を好きになったことなんてある?」
「無いけど? でも今回が初めての年下男、でしょ?
だってあんなにイケメンで、超人気俳優そっくりなんだよ?
そんなコと知り合いでアドレスも知ってて、しかも今週実家にお泊まりするって?
そんな羨ましい状況にいて、好きじゃない!なんて言ったら、親友と言えどもぶん殴る!」
し、しまった!裏目に出ちゃったよ。
真由子を怒らせちゃった。
好きになっちゃった、と素直に言った方が良かったわけ?
私的には、アイドルおたくの真由子に、これでも配慮したつもりなんだけど…。
……え?待って!
私ってやっぱり…健人くんのことが好きになっちゃったの?
薄々は気づいてた。自分の気持ちに。
でも、彼が生まれたとき私は十二歳で、彼が十二歳のとき私は二十四歳で…。
今は彼が二十一歳になり、私はすでに三十三歳にもなってしまった。
どこまでいっても縮まらない二人の年齢は、自分の気持ちよりも何よりも、最優先で心にブレーキをかけた。
アイドルには興味がない。
それは「偶像」だとわかっているから。
だから、健人がアイドルだと判って好きになったのでは断じてなかった。
私は、子供の頃から知ってる親戚の健人を、十二歳も年下の健人を、あろうことか好きになってしまったのだ。
「だって、おばあちゃん同士が姉妹だっていうだけでしょ?
そんなの別に関係ないじゃない。
日本の法律じゃ、いとこ同士だって結婚できるんだから。」
「そういう問題じゃなくて!
しかも、なんで話が急に結婚にまで飛躍しちゃうのよ。」
「じゃあ、何が問題なの?
好きなら付き合っちゃえばいいでしょ?」
「相手が私のこと、どう思ってるかも判らないのに、付き合うもなにもないでしょ。
大体、二十一の男からすれば三十三の女なんて、おばさんに見えるに決まってるじゃない!」
声を荒げて言ってる自分が悲しかった。
自分の口から出た言葉に、自分が傷つけられた。
どうしてもっと早く、健人くんは生まれてくれなかったの…。
本当は、健人があのアイドルの斎藤健人だということを、とりあえず今は真由子に隠しておきたかっただけなのに。
話が思わぬ方向を向いて、自分自身を追い詰めた。
「ねぇ。私これからどうすればいい?」
もう自分では、自分の心の行き先を決めることができずにいた。
目の前にいる真由子に教えを請うしか、今は方法を知らなかった。
「自分の気持ちに、正直になりなさいよ。」
穏やかな声で、そう真由子は答えた。
「年のことを取っ払ったとして、雪見がもし二十代だったとしたら、なんの迷いもなく彼を好きになってたでしょ?
年齢なんて、ただのナンバリングに過ぎないよ。
たとえ四十年生きてたとしても、その人の人生に中身がなけりゃ、それは二十年しか生きてないのと大差ないでしょ?
それとは反対に、二十年そこそこしか生きてなくても、人に揉まれて競争を勝ち抜いて、自分自身の力で生きてきた二十一歳は、見た目よりもずっと大人だと思うけど。
特にあんたの親戚で、イケメン俳優の斎藤健人なんかはね。」
「ええっ!知ってたの?健人くんのこと!」
「あんたねぇ。私がいったい何年、アイドルおたくやってると思ってんの?
あの猫の写真集見たとき、一目で判ったわよ。
だいたい同姓同名で年も同じで、しかも顔にある五つのホクロ全部が同じ位置にある人なんて、この世にいるわけないでしょ?
ほんとにあんたはもぅ!」
「ごめん…。でも騙してたわけじゃないから。
この前真由子に会った時は、本当にまだ知らなかったの。
だって昨日の夜、知ったんだから。」
「呆れた!どこまであんたはニブいんだか。
まぁ、あんたのことだから、そんなことだろうとは思ったけど。」
「ほんと、ごめん。許してくれる?」
「許すもなにも、これから作戦会議だよ!
今日は、うちにあんた、泊まりだから。さぁ行くよ!」
そう言って真由子はさっと席を立って会計し、歩き出した。
私も慌ててその後を歩く。
真由子に押してもらった背中が、じんわりと温かい気がした。