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元通り

「じゃ、お疲れ様でした!今日から頑張って、良い詞を書きますね。

三日後にまた!」


雪見はバタバタと慌ただしく、だが笑顔で事務所を後にした。

雪見の歌を聴いた小野寺たちが、とても褒めてくれたからだ。



「素晴らしいじゃないか!危うく泣くとこだったよ!

まさか君の歌に、ここまで心を揺さぶられるとは…。

健人も知ってたんなら、もっと早くに教えろよな!

そしたらデビューも早くにさせたのに。」

小野寺が冗談で、教えなかった健人が悪い!と笑って言った。


「いや、だって、まさかこんな展開になるなんて、考えてもいなかったから…。

それに前にゆき姉、津山泰三に歌手にならないか?って声かけられても

キッパリと断ってたし…。」


「健人くん、だめっ!」雪見が慌てて健人を制した。

『秘密の猫かふぇ』で会った人の話題など、外で漏らすと大変な罰則が待っている。

健人が、ヤバイ!って顔をした時にはすでに遅かった。


「おい!あの津山泰三に、そんなこと言われたのか!?

いつだ!いつ、あんな大物俳優に会ったんだ?しかも歌を聴かせたのか?どこで?」

小野寺が、矢継ぎ早に健人に聞いてくる。

三上も色めき立って、雪見を少々あきれ顔で見た。


「あの津山さんのスカウトを断るとは、何ともまた勇気ある…。

そんな人の話、今まで聞いたことがない!で、どこで歌を聴いてもらったんだい?」


雪見が何とかこの話題を早く終らせようと、適当なことを言う。

「あー、えーと、その辺のカラオケボックス?」


「津山泰三が、その辺のカラオケボックスなんかに行くんだ!」


「い、いや、新宿のスナックだったかな?

いやぁ、私もお酒が好きで、あっちこっち飲み歩いてはこの歌、歌うから

もうどこで会ったのかも記憶に無いです!

あ!もうこんな時間!早く帰って作詞しないと、間に合わなくなっちゃう!

じゃ、お疲れ様でした!」




健人、今野と一緒に、地下駐車場までのエレベーターに乗る。


「すっかり遅くなっちゃったね。なんか慌ただしい一日だった!」

健人が、ふうぅ…とため息をつきながら、エレベーターの壁に寄りかかる。


「最後に慌ただしくしたのは健人くんだよ!」

前に立つ今野に聞こえないように、雪見が健人の耳元でささやくと、

耳が弱点の健人は思わず大きな声で、「やめっ!」と身をよじった。


「なーに、俺の後ろでゴチャゴチャと、二人でいちゃついてんだよ!

今日から三日間は、雪見ちゃん忙しいんだから、健人は邪魔しないで

真っ直ぐ帰れよ!」

今野は後ろを振り返らずに、頭上のエレベーターのパネルだけを見上げながら

二人に言った。「ほら、着いたぞ!」



雪見は久々に今野の車に乗り、マンションまで送ってもらった。

降りてから窓越しにお礼を言う。


「じゃ今野さん、ありがとうございました!またこれからお世話になりますね。

よろしくお願いします!

健人くんは、私なんかよりずっと忙しくて大変になるんだから、

三上さんも言ってたけど、体調管理をしっかりね!ちゃんと食べてよ !」


「はいはい、わかってますよ!まったく母さんが言うセリフと一緒じゃん!

ゆき姉こそ、俺たちのためにいい詞を作ってよ。楽しみにしてる。」


健人と雪見は、『俺たち』と自然に出た言葉によって、当麻の存在を思い出した。

当麻と三人でデビューするんだ…。

当麻、どうしてるかな…。


「あ!俺も降りる!ちょっとゆき姉んちに、忘れ物を思い出した!」

健人がいきなり車のドアを開け、ぴょんと飛び降りた。


「おい、健人!雪見ちゃんの邪魔すんなって言っただろ!?

なーにが忘れ物だよ!下手くそだったぞ、今の芝居!

しょうがない奴め。明日も八時に迎えに行くんだから、

とっとと忘れ物とやらを捜して帰れよ!じゃあ、お疲れっ!」


健人と雪見が、今野の車に頭を下げて見送る。


「ほーんとに下手くそだった!今の芝居。大丈夫かなぁ、今度のドラマ。」

笑いながら雪見がマンションの入り口を入ると、慌てて健人もその後ろに続いてドアをくぐった。


エレベーターに二人で乗り込むと、健人はすぐに

「ほら!一つめの忘れ物を見つけた。」と言いながら、雪見にキスをした。


「これが一つめの忘れ物ってことは、まだ忘れ物があるわけ?」

健人と唇を離したあと、顔を近づけたまま雪見が聞いてみる。


「まだいっぱいあるよ!あれもこれも!

一番早くに見つけたいのは、俺の晩飯とビールかなっ?」

茶目っ気たっぷりに健人が言って、また小さくキスをした。


「やばっ!ビール、冷やしてあったっけ?」

「えーっ!冷蔵庫に入ってなかったら俺、泣いちゃう!」


シーンと静まりかえった夜のマンションのエレベーターに、二人の笑い声がこだまする。

四日ぶりに聞いた、雪見の楽しそうな笑い声だった。



「ただいまぁ!めめ!ラッキー!健人くんが来たよー!」

寝ていたらしい二匹は、伸びをしながら玄関に出迎えた。


「おーい、ラッキー!また大きくなったな!

もう赤ちゃんじゃなくて、すっかり子供になっちゃった。早いなぁ!」


健人がラッキーを抱きかかえてソファーに座ると、その隣りにめめが

ぴょん!と飛び乗った。

代わる代わるに頭を撫でてやると、二匹は気持ちよさそうに目を閉じて

喉をゴロゴロと鳴らし続ける。

滑らかな手触りと温かな温もりが、指先から全身に伝わってきて

健人は、徐々に身体の力が抜け、癒やされていくのがわかった。


そこへ雪見が、キッチンから料理とビールを運んで来て、ソファーの前に座る。

「お待たせ!ちゃんとビール冷えてたよ!良かったね。

さ、お腹空いたから早く食べよ!いただきまーす!」


遅い夕食を取りながら、二人は色んな事を話し合う。

突然決まったデビューは、昨日までの、健人を遠ざけるようにして暮らしていた雪見を、

元に戻してくれた。

もう、あの日のことなんかに、かまっている暇など無くなったからだ。


あと一つ、早くに元通りにしなければならないことがある。

当麻との関係だ。

三人でのデビューが決まった以上、このままでいる訳にはいかない。


健人は、雪見のいる前で当麻に電話をするために、さっきここで車を降りたのだ。



「当麻に電話、つながるかなぁ…。」


健人は、残りのビールを飲み干し深呼吸を一つして、

握り締めた手の中のケータイを開いた。


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