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新たなスタートライン

「よし!みんな揃ったようだな。じゃ、始めようか。」


そう声を上げたのは、この芸能事務所の若き常務取締役、小野寺だ。

最年少で常務に昇進したやり手だが、役員になっても現場第一主義の、

頼れる兄貴のような存在だった。


「えー、今日集まってもらったのは、健人のクリスマス限定ライブの話ともう一つ、

いい話だぞ!健人、喜べ!」

小野寺は健人の方を見て、ニヤッと笑う。


「な、なんですか?いい話って…。」

健人はそのいい話に、まったく心当たりが無い。一体何だろう?

しかも、なぜ雪見までもがここに呼ばれてるのかさえ、まだ聞いてはいない。


「健人。念願のCDデビューが決まったぞ!

この三上さんが、全面的にプロデュースしてくれるそうだ!」

小野寺の隣りに座ってる、『当麻的幸せの時間』プロデューサーであり

凄腕音楽プロデューサーでもある三上が、にっこりと微笑んでうなずいた。


「えっ?ほんとですか!ほんとに俺がデビューできんの!?」

健人のビックリ嬉しそうな顔!


「ただし、だ。デビューの最初は三人組のユニットで、って事になった。

あとのメンバーは、今日は来れなかったが当麻と、それから雪見さん。

あなたです!」


「ええっ!?」


健人と雪見が同時に驚きの声を上げた。

雪見にとっては、まさに青天の霹靂!

タクシーの中で考えてたここに呼ばれた理由とは、まったくかけ離れていた。


「ち、ちょっと待って下さい!

私は三月一杯までしか、ここにはいないんですよ!それに今は編集作業に追われていて、そんな大変な仕事は無理です!」


「あなたの写真集の仕事は、健人へのインタビューと当麻からのコメント取りで終了です。

あとはプロの編集者に任せなさい。」


「そんな…。」


そうしなければならないことは薄々解っていた。

私はあくまでもカメラマン…。


本来は健人たちへのインタビューでさえ、雪見の仕事ではないのだが、

無理を言ってやらせてもらうのだ。

でもこの写真集だけは、最後の最後まで編集者と共に携わりたかった。

雑用でも何でもいい。印刷所に回すその瞬間までを見届けたかった。

それは自分一人のわがままであると、充分解ってはいたが…。


子供の頃から歌うことが大好きで、小学校の卒業文集には将来の夢を書く欄に、

『歌手!』と迷わず書いた記憶がある。

だが、今その夢が実現したところでちっとも嬉しくはない。

それはすでに過去の夢だから。もうどうでもよい夢だから…。



雪見が視線を落とし、何かを考えている。

健人はその隣で、浮かない顔の雪見をぼんやりと見つめていた。


小野寺が、二人の様子を見ながら話を先に進める。


「三上さんからデモテープを聴かせてもらったが、雪見さんがめちゃくちゃ

上手くて驚いたよ!すでに完成されたアーティストのようだ!」


「デモテープ?デモテープなんて録ったこと無いですけど…。」

雪見が不思議そうに小野寺に聞く。


すると三上がバツ悪そうに頭をかきながら、「ごめん、俺だ。」と言って

テーブル上のCDプレーヤーのボタンを押した。

そこから流れてきたのは、雪見が以前当麻のラジオで無意識に歌った

『涙そうそう』だった!


「えっ!これって、もしかしてあの時の…。」


「そう。これを聞いた時から、ずっとあなたの声が頭から離れなくなった。

そう言う歌声って、あなたにも経験があるでしょ?

たった一度聞いただけなのに、『これって、誰が歌ってるんだろう?』

って、心を捉えて離さない歌声。あなたの声が、まさにそうなんです。

で、これを聞いた時に俺の決意は固まった。」


そう言ってもう一度CDをかけると、今度は健人たちと三人で歌ってる

『WINDING ROAD』が流れた。


「えーっ!これってもしかして、この前スタジオで本番前に練習してたやつ?

録ってたの?」今度は健人が、驚きながらも嬉しそうな声を上げる。


「これを三上さんから聴かされて、お前達のCDデビューを打診されたんだ。

健人も当麻も、一人ずつじゃちょっと弱いかなぁと思ってたんだけど、

三人で歌ったら凄くいい!

なんでこんなに、三人の息がぴったり合うわけ?難しい曲なのに。」


「え、えっ?」


小野寺からの問いに健人に雪見、それとマネージャーの今野が、内心ドギマギする。

が、健人が持ち前の演技力でなんとか乗り切った。


「そりゃ、俺とゆき姉は生まれた時からの付き合いだし、当麻は俺の大親友ですよ!

息が合って当り前じゃないですか!ねっ、ゆき姉!」


突然振らないでよ!と思いながら、健人をジロリと見る雪見。

しかし、ここでうろたえては怪しまれるので、努めて冷静にいつも通りの声で話す。


「健人くんはもちろん、今では当麻くんも、私の弟みたいなもんですから

仲良くさせてもらってます。でも、当麻くんはなんて言ってましたか?

断ったんじゃないですか?」

今のこの三人の関係を考えるなら、断っても当然だと思って聞いてみた。


「当麻?当麻は大喜びしてたよ!

昨日の夜、当麻からお袋さんのことで、沈んだ声で電話をもらったんだが、

その時に、『三人でCD出す話が来てるけど、お前はどうしたい?』

って聞いたら、いきなり声が明るくなりやがってさ。

『絶対やらせて下さい!俺、頑張りますから!』って、病院の中なのに

でっかい声出して。看護婦さんに注意されてる声がしたよ。」

そう言って小野寺は可笑しそうに笑ってる。


当麻がそんなことを…。


健人も雪見も、同じような思いでいた。

当麻は、三人の仲を元通りにしたがっている…。

あれ以来、健人からの連絡を拒絶しながらも、きっと自分一人になって

必死に心を修復しようと努力しているのだ。


そう考えると、スッと雪見の気持ちにも変化が訪れた。

全てを洗い流して、三人の関係を元に戻すチャンスは今しかないのではないか。


「やります!やらせて下さい!これって、写真集の宣伝にもなりますよね?

写真集の話題作りになるのなら、もう、何だってやっちゃいます!」


いきなり雪見が立ち上がったもんだから、みんながびっくりしている。

健人は隣で雪見を見上げながら、胸が熱くなってきた。


『またゆき姉は、俺のために頑張ろうとしてるんだね。

ありがとう、ゆき姉!愛してる。』



健人も立ち上がり、「よろしくお願いします!」と笑顔で頭を下げた。


また三人の、新たなスタートラインがここに引かれた瞬間だった。


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