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当麻の行方

あれから四日目。健人は毎日当麻のケータイに電話をし、マンションにも出掛けたが、

ケータイは着信拒否され、マンションには戻ってる気配がない。

仕方ないので当麻のマネージャーに電話して、それとなく様子を伺うことにする。


「あ、豊田さん?健人です。お疲れ様です!

あのぉ、当麻って今、仕事中ですよねぇ。え?実家に帰ったぁ?

いつですか、それ!昨日の夜?え?おばさんの具合が悪いの?

大丈夫なんですか?そう…。はい、わかりました、メールしてみます。

あ、俺ですか?今日はこれからロケで、横浜に向かってるとこです。

はい、ありがとうございます!じゃ、頑張ってきまーす!」


当麻が実家に帰った?ほんとかよ?


「どうしたんだ?当麻。実家に帰ってるって?」

車を運転してるマネージャーの今野が、心配そうに聞いてきた。


「あ、はい。なんか、お母さんが具合悪くて病院に運ばれたらしくて。

大丈夫みたいなんだけど…。」


「お前、当麻となんかあったの?」 「えっ?」

突然、今野が振り向いてそんなことを言うので健人は焦った。


「今野さん!前向いて運転してくださいよ!危ないなぁ、もう!」


「すまんすまん!けどお前、二、三日前からおかしいよ。

あ、当麻とじゃなくて、雪見ちゃんとなんかあったとか?」


「な、なんにもないですよ!ただ当麻とは連絡が取れなかったから、

ちょっと心配になって。おばさんが大丈夫ならそれでいいんだけど…。

あ、今日って何時終了予定でしたっけ?」

「東京到着は七時ってとこかな?あ、その後に事務所に呼ばれてるよ。

クリスマスのミニコンサートの話らしいけど。」


「そう…。じゃ、今日も帰りは十時過ぎるかな…。」

健人は、今野に聞こえないように小さくため息をつき、窓の外を見た。


ゆき姉、大丈夫かなぁ。ちゃんと仕事行ったかなぁ。

いつになったらゆき姉と一緒に暮らせるんだろ…。

そんな思いのため息だった。


あの日あの時…。

当麻さえ『どんべい』に現れなければ、お酒を飲みながら楽しく

雪見のインタビューに答えていただろう。

インタビューが終った後はきっと、いつ雪見んちに移ろうか、と

照れ笑いしながら話し合ったに違いない。

いや、もしかしたら、

「インタビューはまた今度にして、これから取りあえずの荷物を持って

ゆき姉んちに移ろう!」

ってことに、なってたかもしれない。

なのにあの時、当麻が来たから…。





その頃雪見は、いつも通り編集部にいた。

あれ以来ふさぎ込み、辛うじて編集部に出社はするものの、仕事が手に着くはずもない。

家に帰ってからも、健人が来ようとするのさえ拒み、

一人きりでずっと考え事をしては、涙を流す夜を過ごしていた。


当麻にキスされたことに泣くわけではない。

健人と当麻の親友関係を、自分が壊してしまった…、という

自責の念に押し潰され、もがき苦しんで流す涙であった。



今日十月二十日は『ヴィーナス』12月号の発売日。

健人、当麻と三人で沖縄ロケを行なった、あの特別グラビアがいよいよ

発売される日なのだが、今の雪見にとってそんなことはもう、どうでもよかった。

と言うよりも、今三人で仲良く写ってる写真など見てしまったら

即、涙が溢れるに決まってる。

なのに朝からみんなが次々と、『ヴィーナス』片手に雪見のデスクを訪れて、

三人のページを開いては、賞賛の声を雪見に投げかける。


「凄いですよ、雪見さん!さっきからずっとファクスやメールが殺到してます!

みーんな、このページに対するものばかり!

初めて雪見さんが登場した先月号も凄かったけど、今月号は更に上行く

大反響です!」


「そうなんだ…。それは良かったね…。」


「なんですか!その、気のない返事は。おかしいですよ、ここんとこ。

何日か前から、一度も笑顔の雪見さんを見ていない。

どうしちゃったんですか?しっかりして下さいよ、まったく!」


何を言われても、ひとつも心に入ってこない。

ほんと、どうしちゃったんだろ、私…。

こんな事じゃダメなことぐらい、よく知ってる。ちっとも前に進んでない事も…。

だけどどうしたら良いのか、ひとかけらのヒントも見つけられずにいた。



その日の夜七時。

「済みません!これから事務所に呼ばれてるんで、今日はお先に失礼します。」

そう言って雪見は編集部を退社した。


お昼に健人の事務所、いや雪見の事務所から連絡があり、

夜七時頃、話があるので事務所に来い、との事。

何だろう?まさか健人くんとのことがバレて、写真集がご破算になったとか?

それとも、当麻くんとのキスがバレたとか…。

タクシーの中であれこれ考えて、また雪見は泣きそうになっていた。



久しぶりに訪れた所属事務所。

未だ、自分がここのタレント兼カメラマンであることに、違和感を覚える。

きっと、いつまで経っても馴染むことはないだろう。

だが、馴染めないからこそ、来年の三月一杯までという期限を

一生懸命、全力で頑張ろうと心に決めていたはずだ。


「おはようございます!」

昼でも夜でも「おはよう!」と挨拶するのは、

学生時代のファストフードのバイトで経験済みだ。

呼ばれている会議室へと、ドキドキしながら進んで行く。


「失礼します!」ノックをして会議室のドアを開けると、そこには

見覚えのある顔がこっちを向いて、ニコニコしていた。


「えっ?当麻くんのラジオのプロデューサーさん?どうしてここに?」


訳が解らず入り口に立ち尽くしていると、後ろから誰かがやって来た。

横浜ロケから戻ったばかりの、健人と今野である。


「えっ?ゆき姉!?それに三上さんも!一体どうなってるの?」


健人が目をまん丸にして驚いている。それはこっちが聞きたいセリフだ。

なんでここに私が呼ばれたの?事務所は何を企んでるわけ?




健人と久しぶりに目を合わせると、健人が嬉しそうににっこりと微笑んだ。

その笑顔は以前と何一つ変わらずに、雪見にだけ注がれている。


健人の笑顔の魔法にかかり、雪見は少し自分を取り戻した。


この人の隣りにさえいれば、私は大丈夫だったんだ!

ちゃんと前を向いて歩いて行こう!


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