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断ち切る想い

『秘密の猫かふぇ』に向かうタクシーの中。

当麻は、さっきからずっと窓の外を眺めている。


「ねぇ。どうして『どんべい』に来たの?」雪見が聞いてみた。

「行ったらまずかった?」当麻は窓に顔を向けたまま、質問を返す。


「まずくはないけど…。来るなんて思ってなかったから、びっくりして

あんな大声出しちゃった。

ごめんね、私のせいでこんな事になっちゃって…。」


「別にゆき姉のせいじゃないよ。

俺も悪かった。二人の仕事の邪魔しちゃって。

もうそろそろインタビューは終った頃かな?って思って、行ってみたんだけど…。

昨日ゆき姉が、俺にもコメント欲しいって言ってたから、健人と一緒に

終らせちゃった方がいいのかなと思ってさ。」


「そうだったんだ…。そうだね、ちゃんと私が当麻くんを呼べば良かったんだ。ごめん。

あ、健人くんも今来るから、猫かふぇでインタビューしようか。」


「えっ?健人に連絡したの?」当麻の顔が、サッと曇った。


「え?普通連絡するでしょ?ビール入れに行ったまま、帰って来ないんだもん。

そりゃ心配してるでしょ!多分マスターがうまくやってくれたとは思うけど。

あ、もうすぐ着くよ。」




『秘密の猫かふぇ』店内は今日、割と混み合っていた。


当麻はいつもの場所に行こうとしていたが、雪見はあのトンネルを

当麻と二人で通るのが怖くて、健人が来るまでここで待っていよう、と

手前にあるバーカウンターを指差した。


「今日は混んでそうだから、先に行って場所取りしておかないと

いいとこ全部、ふさがっちゃうよ。ほら、行こう!」

そう言うと、当麻は半ば強引に雪見の手を引いて、例の長いトンネルに入って行った。


雪見の足が自然とブレーキをかける。

それに気付いた当麻はクスッと笑い、「今日は何にもしないよ。」と言った。

「この前はごめん、あんなことして。俺どうかしてたんだ、あの時…。」


雪見は、ずっと気になってたあの事を聞くのは今しかないと思い、

薄暗いトンネルを歩きながら当麻に聞いてみる。


「もしかして…、愛穂さんと別れたの?」


「別れたも何も、始まってもいなかったんじゃない?きっと。」


当麻は笑いながら、人ごとのようにそう言った。

だが、雪見の顔を見ようともせず、真っ直ぐトンネルの出口だけを目指し歩き続ける。


あの時の当麻が言った言葉。

「どうして俺の好きになる人はみんな、健人を好きなんだろう…。」

ずっとずっと頭から離れたことは無かった。

言葉の意味を確かめたくて、確かめたくはなかった。


どうしよう…。

聞いてしまったら、その瞬間からすべてが変わってしまう…。



「俺、ゆき姉のことが好きだよ。」


「えっ?」


雪見が聞こうかどうしようか悩んでいるうちに、先に当麻が言ってしまった。

やっぱり聞かないでおこうと、その直前に決めたのに…。


当麻は立ち止まりもせず、ただ前を向いて雪見の手を引き歩き続ける。

出口が無いのかと思うほど長く長く感じるトンネルを、二人はやっと抜け出した。

三人の大好きなウォーターベッドのスペースには、すでに団体の先客が

楽しげにパーティーをしている。


「なんだ、空いてなかった…。」


「しょうがないよ。土曜の夜だし、こんな時間だもん。

カラオケのブースに行ってみよう。もし空いてたら、課題曲の練習しなきゃ!」

二人はまた次のトンネルに向かって歩き出す。



「俺、ゆき姉のこと、好きだからね。」


トンネルに入るとすぐに、また当麻が言った。念を押すように。

そこまではっきりと言うのなら、今度こそこの場で決着をつけなければならない。

健人が到着するその前に…。


「どうして急にそんなこと言い出したの?愛穂さんに振られたから?

当麻くんは、思っててもそんなこと、言わない人だと思ってた。」


「思ってても?」当麻が足を止め、雪見の目を見て聞き返した。


「俺は健人の親友だから、ゆき姉のこと好きになっても、黙ってるって思ってた?

俺に勝ち目はないから、そんなバカなこと、言うはずがないとでも思った?」


「そんなこと…。」


否定したかったが、すべては当麻の言う通り。

雪見は当麻の気持ちに気付かぬ振りをして、自分が一番居心地のいい

三人の関係を保とうとしていた。


「俺、そんなに都合のいい男じゃないよ。」 「えっ?」


「もう、自分の気持ちをだまし続けるのに飽きてきた。

ねぇ。健人と別れて俺と付き合おうよ。」


「なに言ってるの?自分が言ってることの意味、わかってるの!」


「充分わかってるさ。こういうことだよ。」


そう言い終わると、当麻はいきなり雪見をトンネルの壁に押しつけ、

自分の唇で雪見の唇をふさいだ。

身動きが取れない。息が苦しくなる。


「やめてっ!」


やっと自由になった右手は、瞬間的に当麻の頬を叩いていた。


「どうして…。どうして私なんかを好きになったの…。

好きになって欲しくなかった。

好きになられるくらいなら、嫌いでいてくれた方がましだった!」

そう言って雪見はその場に泣き崩れた。


「ごめん…。」

ただ一言だけを言い残し、当麻が帰ってゆく。

雪見はいつまでもそこから立ち上がれずに、薄暗いトンネルに

もたれ掛かって座っていた。



どれほどそこにいたのだろう。

何人かの通行人が、心配そうな顔をして通り過ぎていった。


向こうの方から健人が走って来るのが見える。


「ゆき姉、大丈夫!?どうしたの?当麻は?」

目の前で心配そうに顔を覗き込む健人を見て、初めて雪見は事の重大性に気が付いた。


「壊しちゃった…。私が三人の仲を壊しちゃった…。

ずっと出会った頃のままでいたかっただけなのに…。」


健人は、抱きついて泣き続ける雪見を、ただ力強く抱き締めてやることしか

出来ないでいた。


『当麻はゆき姉に何をしたんだ!なんでこんな事になってるんだ!』


健人は怒りに震えていた。初めて覚える、親友に対する怒りの感情。

こんなことになるのなら、昨日の夜、きちんと片を付ければよかった。

泣きやまない雪見の頭を、いつまでも撫で続けては後悔をする。



一方タクシーの中の当麻は、苦しい思いをしてやっと雪見への思いに決別し、

『こうするより方法がなかったんだ。ごめん、ゆき姉…。』

と涙を流しながら、窓の外の流れるネオンを無意味に眺めた。



それから三日間、当麻のケータイはまったく通じない。


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