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逃亡

「なに?今の。」


しばらくボーッとしたあと、我に返って雪見が聞いた。

「なんか言った?今。」


心臓がドキドキして、うまく呼吸が出来てない気がする。

さっき口をつけた泡盛のせい?いや、まだ一口しか飲んではいない。


「聞いてなかったの?一緒に暮らそう、って言ったんだよ!」


そう言いながら健人は、照れ隠しにポテトピザを頬張った。

「うっめー!やっぱこのピザ、絶品だと思う!」

と、多分言ったと思う。モゴモゴしてて、よくは聞き取れなかったが。


「一緒に暮らそう、って…。本気で言ってるの?それとも冗談?」


雪見が真っ直ぐに健人の瞳を見つめ、真剣な顔して聞いてきた。

健人は、おちゃらけながら笑って話そうとも考えていたのだが、

雪見の真剣な瞳を見て、やっぱりきちんと話すべきだと

自分の思いを言葉に置き換えた。


「俺…。ずーっと前から思ってた。

ゆき姉と二十四時間一緒にいれたら、どんなに毎日が幸せだろう、って…。

きっと毎日が楽しくて、仕事もゆき姉のために頑張れて。

家に帰ってゆき姉の顔見てご飯を食べたら、その日の疲れなんか一気に吹き飛んで…。


デートして帰る寂しさも、誰もいないひとりぼっちの部屋で寝るのも、もう嫌なんだ。

朝も夜も、今日も明日もゆき姉と一緒にいたい。

さっき、車から降りてゆき姉の顔見た時に、もう離れたくないって心に決めた。

ゆき姉は…、俺と毎日一緒にいるのは嫌?」


健人の大きな瞳が、嘘偽りのない心を鏡のように映し出している 。

それは、どこまでもどこまでも透き通っていて何一つ濁りのない、

雪見に対しての愛だけで出来ているような心だった。


あまりにも突然すぎる告白に、最初は何も考えることが出来なかった雪見だが、

健人の瞳を見つめるうちに、やっと返事が見つかった。


「嫌なわけないじゃない。健人くんと一緒にいて、嫌な理由なんてあるはずがない。

私もいつも思ってたよ。

毎日健人くんにご飯作って、美味しいね!って二人で食べて、

毎日一緒にめめ達と遊んで、色んな話をして笑う。

そんな生活、楽しいだろうなって。

健人くんが辛い時や落ち込んでる時、時計を気にしないで

ずっとそばにいてあげれたら、どんなにいいだろうって…。」


「ゆき姉もそう思っててくれたんだ !」


健人がやっと微笑んで嬉しそうに言う。

雪見はその笑顔を見て、心を固めた。

この笑顔をずっとそばで見ていたい。健人を悲しみから守ってあげたい。


「うちで暮らそ!めめとラッキーと、一緒に暮らそう。

毎日私が美味しいご飯作ってあげる。

毎日私が「お帰り!」って家で待っててあげる。

だから…。うちにおいでよ、健人くん。」


そう雪見が言うと、健人は顔をくしゃくしゃにして喜んだ。

今まで見た中で、一番の喜びようかもしれない。


「やった!ほんとに一緒に暮らせるの?

俺、ゆき姉と一緒に暮らせるの?夢じゃないよね?

スッゲー!夢って、強く願えば叶うんだ!!

めちゃめちゃ嬉しすぎる!あー、喉乾いた。」


健人が気の抜けたビールを一気飲みする。

それから泡盛をグッとあおって豚の角煮を頬張った。

分かりやすい健人の行動が微笑ましくて、クスッと雪見が笑う。

なんて幸せな光景なんだろう。


「冷たいビール、もらってくるね!」 「OK!大至急ね!」



雪見が、少し混雑の落ち着いたカウンターに行ってマスターに

「ビール二つ、もらってくね。」と声をかける。

一つ目のビールを注いでるとマスターが、「どう?順調に進んでる?」

と、話しかけてきた。


「いや、まだ健人くんのご飯タイム中!

マスターが美味しい物ばっかり並べてくれたから、食べるのに忙しくて

まだ仕事にかかれてないの。

あ!ご馳走の並んだ写真だけは最初に撮っておいたから、心配しないでねっ。」


雪見の顔を見てマスターがニヤニヤしてる。

「なによ、マスター!なに人の顔見てニヤついてんの?」


「ニヤついてんのは雪見ちゃんの方だけど?

さては、健人となんかいいことあっただろ!絶対そうだ!」


「な、なに言ってんの!そんなことないから!

もう、いいから軟骨つくね焼いて!早くねっ!」


「はいはい!ただいま大至急お焼き致します!」


笑いながら雪見が両手にジョッキを持って、部屋の方へ歩き出したその時、

後ろから突然、「ゆきねぇ!」と声をかけられた。


びっくりしたが、ビールをこぼさないようにそっと後ろを振り向くと、

そこにはなんと、当麻が立っているではないか!


「当麻くん!!」


あまりにもびっくりして、思わず大声を出してしまった。

その声に満員の客が反応しないわけがない。

一斉にみんなが当麻と雪見の方を振り向いた。


『しまった!大声出しちゃった!』

雪見がそう思った時にはすでに遅かった。

まず、カウンターに座ってたOL二人組が当麻に気付く。


「ねぇ!三ツ橋当麻じゃないの?あれ!

もしかしてビール持ってるのって、ゆき姉?健人のカメラマンの!」


「うそ?ほんとだ!!絶対あれ、当麻だよ!

眼鏡掛けてるけど、絶対にそうだ!ゆき姉は『ヴィーナス』で見たもん!」


同じような話声や、小さな悲鳴までもがあちこちから聞こえてきて、

店内は騒然となってしまった!


『あのバカ!見つかってやがる!下手したら健人まで見つかっちまうぞ!』

マスターが焦って店内を静めようとするが、一度騒ぎ出した酔っぱらい達は

そう簡単におさまるはずがなかった。

当麻と雪見も、蜂の巣を突いたような騒ぎに、茫然と立ち尽くす。


と、一人の客が立ち上がり「三ツ橋当麻さんですよねぇ!」と言いながら

二人に近寄ろうとしたのを皮切りに、バタバタと何人かが立ち上がった!


それを見た当麻は、とっさに雪見の腕をつかみ「外へ出よう!」と

入り口に向かって歩き出す。

両手にジョッキを持ってた雪見は

「ちょっとたんま!あ、これ、良かったら飲んで下さい!」

と、一番近くに座っていたカップルに無理矢理ビールを渡し、

急いで当麻の後ろをついて店を出た。


「とにかくここから離れよう!」と、二人でタクシーに乗り込む。

逃げ場所で思いつくのは『秘密の猫かふぇ』しかなかった。



その頃『どんべい』店内は、いきなり目の前から逃亡した

超人気イケメン俳優、三ツ橋当麻と雪見の話で店全体が揺らぐほどの

大騒ぎになっていた。


『まずいことになったぞ!健人も見つからないうちに、外に出さなきゃ!』

マスターがこっそりと健人の部屋を開ける。


「健人!俺に付いて来い!非常口から外に出ろ!」


「ねぇ、店が騒がしいけどなんかあったの?ゆき姉もぜんぜん戻ってこないんだけど…。」


「当麻が来て、雪見ちゃんを連れて行った!」


「えっ!!」


昨夜の健人の胸騒ぎが本物になってしまった。


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