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健人の告白

土曜日の午後十時過ぎは、一週間の疲れをお酒で癒やそうと考える同類達で

どこの店も大入り満員だ。

世の中、こんなにも酒飲みがいるのかと思うと雪見は、

なんだか安心してグラスを傾けることが出来るのだった。


その日の『どんべい』も、マスターがてんてこ舞いするほどの大賑わい。

一人で飲みに来てたのなら、すぐに雪見もホールの手伝いに入ってあげるところだが、

なんせ今日はこれから、健人へのインタビューと言う大仕事が待っている。

忙しいのに悪いなぁと思いつつ、もうそろそろ健人が来る頃なので

ホールの状況がどんな様子なのか、偵察に部屋を出た。


『えっ?なにこの満員状態!待ってるお客さんまでいるじゃない!

健人くん、大丈夫かなぁ。やっぱ、土曜日っていうのが間違いだった?

どうしよう、お客さんに気付かれたら…。』


雪見は、健人がちゃんと変装して来るのか心配で、ビルの外に出て

健人の到着を待っていた。



程なくしてビルの前に今野の車が到着。

ドアが開いて、ひらりと健人が降りて来る。


健人は、グレーのキャスケットを目深にかぶり、いつもの大きな黒縁眼鏡を掛けている。

首周りには黒の大判のストールを巻き付け、口元から下を覆っていた。

メイクを落としてるせいか夜の明かりで見るせいか、それとも疲れのせいなのか、

少し顔色が悪く見える。

これならお客さんになんとかバレないで、部屋までたどり着けるかな?



「外で待っててくれたの?ありがと!ごめんね、待たせちゃって 。」

健人が、一年ぶりにでも会ったかのような、溢れる笑顔を見せる。

昨日の夜は、当麻と二人で雪見んちにいたのに。

でも最近の健人は、別れたそばからすぐに雪見に会いたくなる日が続いている。

多分、人通りさえ無ければ、確実に雪見を抱き締めていただろう。


「お疲れ様!大丈夫?疲れてない?」

雪見もまた、この時をずっと朝から待っていた。

この日一番の笑顔で、優しく健人を出迎える。


「大丈夫に決まってんだろ!

ゆき姉と一緒に『どんべい』で仕事なんて、最高じゃん!

でも、仕事の前に腹ごしらえさせてね。もう腹減って死にそう!」


「ふふっ。健人くんって、いっつもお腹空かしてるんだから!

マスターが、いっぱいご馳走用意してお待ちかねだよ。

『せめてテーブルに並んだ料理ぐらいは、健人と一緒に撮してくれよ!』

って言うから、お箸をつける前に写真撮らせてねっ!」


「えーっ!おあずけ喰った犬みたいに、よだれ垂らして写るかも!

じゃあ、とっとと写真だけ撮しちゃお!さ、行こうか。」


健人が、早く店に入ろう!と雪見を誘うと、

今野の車の窓がスッと開いて、「雪見ちゃん!久しぶり!」と、声を掛けてきた。


「今野さん、お疲れ様です!お元気でしたか?」

雪見が車に駆け寄り、久しぶりに会った今野に、窓越しから笑顔で挨拶をする。


「俺は相変わらずだよ。どう?編集作業は順調に進んでる?」


「ええ!今のところは順調です。

今日の健人くんへのインタビューで、いいとこ取材は終了かな?

あ、当麻くんからもコメントもらうんだった。

でも、良い感じに進んでるんで、完成を楽しみにしてて下さいねっ!」


「おう!じゃ、あとは健人をよろしく頼むよ。

あいつ、朝からこの仕事が楽しみで、相当テンション高いと思うから

暴走した話にならないように、雪見ちゃんがコントロールしてやってよ!」


「任せて下さい!手綱はしっかりと握ってますから。」

雪見が笑いながらそう言うと、今野は安心したように車を発進させた。



ビルの入り口で待つ健人に駆け寄り、じゃ入ろう!と手を取る雪見。

地下一階への階段を下りる途中、素早く二人はキスをした。


「今野さん、なんだって?」

「健人くんが暴走した話をしないように、監視を頼む!だって。」

「ひっどいなぁー!今野さん。」


二人が笑いながら、ごく自然に店の中へと入って行く。

『どんべい』は相変わらずの混みようで、店内はお客さんの楽しそうな話し声で賑やかだ。


健人がやっと到着したのをマスターが見届けて、無言のまま

目線だけで早く部屋へ入るよう、二人を促した。

健人は、マスターの方を向いてひょこっと頭を下げ、足早に店の奥まで進んでいく。

雪見はマスターに、「勝手にビールもらっていくから!」と、

慣れた手つきでジョッキ二つにビールを注ぎ、泡とビールの比率を見て

「よし!完璧!」と満足そうに部屋まで運んで行った。


「お待たせ!じゃ、ビールの泡が消えないうちに、写真を一枚撮らせて!」

テーブルには、雪見が外に出てる間に料理が並べられていた。

さっきマスターが言ってた豚の角煮も、熱々の湯気を上げながら

グラスに入った二杯の泡盛と共に鎮座している。


「マジ、よだれが出そう!ヤバイよ、早く撮って!」

「OK!いいよ、食べ出して。」

「やった!いっただきまーす!うめぇ!この角煮、トロットロ!」


健人は本当に幸せそうな顔をして料理を頬張り、ビールを飲んだ。

雪見は、健人がいつでも美味しそうに食べる、その顔を見るのが大好きで、

いつまでもファインダーを覗いて、シャッターを切り続ける。


「ねぇ、もう写真はいいから一緒に食べよう!

ゆき姉のビール、泡が消えちゃったよ。角煮も食べてみて!ヤバイから。」


「よし!じゃあインタビューも同時に始めようか。

レコーダーを長回しするから、意識しないで普段通りに喋って。

ここでいつも飲みながら話すのと同じにね。」


「えっ?そんなんでいいの?全然仕事みたいじゃないや!

いいね、こういう仕事!毎日やりたい!インタビュー。

そしたらゆき姉とだって、毎日一緒にいられるのに…。」


「ストーップ!レコーダー回ってんのに、そんなこと言っちゃダメ!

これ、後からライターさんが文章に起こすんだから、

みんなが聞いてもいいことだけ話してよ!録音し直しっ!」


ほんとにもう!と言いながら、雪見が仕切り直しする。

すると健人が、待ったをかけた。


「じゃ、レコーダー回さないうちに先に話しておく。

酔ってからじゃ、ちゃんと伝わらないと困るから。」


「えっ?なに が?」


「一緒に暮らそう!俺と。」



突然の思いも寄らない告白に、ただただ雪見は健人を見つめるだけだった。


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