嵐の前の静けさ
ビール三杯とおしゃれな和食、そしてなにより健人の笑顔を間近で眺めて、私は上機嫌でマンションへと戻ってきた。
「めめ、ただいまぁ〜!」
めめはすでにベッドの上で眠りについてる。
ちらっと目を開けはしたが、私の帰宅を確認し安心しきってまたすやすやと寝息を立てた。
「今日ねぇ、健人くんにご馳走になっちゃった。
ほんとは私がお姉さんだから、おごってあげようと思ったのに、写真集のお礼だからって。
危うく肝心の写真集、渡すの忘れそうになっちゃった(笑)
健人くん、大事そうに抱えて持ってったよ。よかったね。」
めめを相手に、いつもの独り言。
でも嬉しくて嬉しくて、猫以外の誰かにも聞いてほしくなった。
そうだ!真由子に電話しちゃお!
まだ起きてる時間だよね。
一秒でも早く、今夜の出来事を誰かに話したくて仕方なかった。
ケータイの呼び出し音は鳴るけれど、すぐ留守電に切り替わる。
なんだぁ…。どっかに飲みに行っちゃったのかなぁ。
せっかく健人くんとのこと、教えてあげようと思ったのに。
今夜は眠れないや…。
そう思いながらベッドへ潜り込んだのに、今日の出来事を反すうする間もなく深い眠りに落ちてった。
次の日の朝。メールの着信音に起こされた。
誰よ、こんな朝っぱらから…。
まだ開ききれない目をうっすらあけて、ケータイを見る。
え?健人くんからだ!
がばっ!と身体を起こし、ベッドの上に正座してケータイを開く。
朝からドキドキが全開になった。
おっはよ!ゆき姉!
もしかしてまだ寝てた?
俺はこれから大阪行って
朝ごはんにお好み焼き
食ってきます!
うそ、仕事です(^^)v
昨日はコタとプリンの
写真集ありがとね!
嬉しくてずっとながめて
たら朝になってた(;_;)
つぐみも母さんも、今週
ゆき姉が来るの楽しみに
してる。もちろん俺も。
今度は朝まで飲みましょ
んじゃ、行ってきます★
by KENTO
息を詰めてたので、ふぅーっと肩の力を抜いた。
昨夜のひとときは夢かと思ったが、このメールを読んで現実なんだと嬉しさが倍増した。
こうしちゃいられない!
木曜日、健人くんの実家にお呼ばれするんだから、何か気の利いた手土産を用意しなくちゃ!
なにがいいかな…。
私はパジャマのままパソコン前に座り、あれこれネット検索してから日曜の人混む街へと出かけて行った。
前から気になってたスイーツの店がある。
まずは自分の舌で確かめてからじゃないと、人にあげられない性分だ。
お店に併設されたカフェで、エスプレッソと共に十時のおやつを楽しむ。
街行く人が、みんな幸せそうに歩いている。
なんだか私も幸せだ。
健人くんちのお土産は、これに決まり♪
木曜の開店時刻に取りに来る予約をし、私はまた人混みの中に歩き出した。
さーて、お次は虎太郎とプリンのお土産だ。
あ、うちのめめにも買わなきゃヤキモチ妬いちゃう。
猫じゃらしがいいかな?それとも高級缶詰?
でも、猫缶って好きずきあるしなぁ…。
デパートの上階のペットコーナーに、本当に久しぶりに足を運んだ。
あれ?
犬のサークル前に、見覚えのある……真由子だ!
「えーっ!雪見?こんな所で会うなんて!
あんた、ペットショップ嫌いじゃなかったっけ?」
「まぁそうなんだけど…。真由子は何しに来たの?」
「ジローくんのカット!トイプードルって、結構手間かかるのよねー。
ねぇ、まだ時間かかりそうだから、お茶でもしない?
昨日のイケメンくんとのご飯の話も聞きたいし。」
すっかり忘れてた!どうしよう!
昨日は少し酔って真由子に電話しようと思ったけど、よくよく考えたらマズイよね。
親戚はやっぱり俳優の斎藤健人だった!なんて…言えないよ。
とにかく、健人くんにだけは迷惑かけられない。
昨日のテレビも見てなさそうだし…。
よし。ただの親戚ってことで押し通そう。
短い時間にあれこれ判断し策を練り、私は真由子の後について洒落たカフェに腰をおろした。
大丈夫、大丈夫。
親戚ってのは嘘じゃないんだから…。
私は少しの後ろめたさも手伝って、声がワントーン違ってたらしい。
そこにすかさず真由子が攻撃を仕掛ける。
「ねぇねぇ、それで昨日はどうだったわけ?
あ、昨日の夜、私に電話くれたでしょ?彼とカラオケしてて気付かなかった。ごめんね。」
私は、昨夜の電話が繋がらなかったことを神に感謝した。
もし、あの電話で本当のことを、たとえお酒の勢いだったにしても話していたら…。
間違いなく、大変な事態に陥ってただろう。
真由子は姉御肌で世話好きで、とっても気の合ういいやつなんだけど、ただひとつの欠点は、おしゃべりだと言うこと。
私は、これから真由子にされるであろう質問の答えを、頭をフル回転させ素早く用意した。
それから心を落ち着かせるため、コーヒーをひとくち。
真由子と私の、駆け引きのゴングがいま鳴った。