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カレンの涙

雪見とカレンは、『秘密の猫かふぇ』店内の一番奥にある

リラクゼーションスペースにいた。


心落ち着く環境音楽が流れ、壁一面の水槽には熱帯魚が泳ぎ水草が揺れる。

照明が極限まで落とされ、ライトアップされた水槽の熱帯魚が

空中を自由自在に泳ぎ回っているかのような錯覚を覚えた。


二人は大きなソファーに座るのではなく、

その下に敷いてあるベージュ色の、毛足の長いムートンラグに

テーブルを挟んで向かい合わせに座っている。

そこへ注文しておいたシャンパンが二つ、運ばれてきた。


「じゃ、まずは乾杯しましょ!

あ、毒なんて盛ったりしてないから安心して。お酒くらい美味しく飲みたいもの。

あなたと乾杯するのもおかしな話だけど、こんな事もう二度と無いと思うから…。」


カレンはどこまでも冷静だった。

口角をキュッと上げて薄っぺらな笑みをたたえ、瞳は常に雪見の目を見据えてる。

多分この二人を目にした人は、仲のよさそうな姉妹か年の離れた友人同士が

悩み事の相談でも持ちかけているんだろう、ぐらいに思うはず。

が、幸いにもこの一番奥のスペースまでは、まだ誰もやって来る気配は無い。


雪見は、カレンがグラスに口を付けるのを見届けてから、自分もグラスを手に取った。


「だからぁ!毒なんて盛ってないって。

盛ってたとしても、自分のグラスに入れるバカいないんだから、

私が飲んだの見届けて飲んだってダメでしょう?」


どこまでも人のことをお見通しで、小馬鹿にした口を利く。

こんな友人ごっこを、いつまでもしてるつもりは無いから

雪見が先に口火を切った。


「あなたよね?竹富島の民宿にビデオカメラ仕掛けたの。」


「私じゃないわよ。

私、そんな自分の手を汚すようなまね、したくないもの。

仕掛けたのも回収したのも、見ず知らずの人。

ツイッターの呼びかけに応じてくれた人達よ。

『十万円で簡単なバイトしませんか?』って呼びかけたら、

志願者が殺到しちゃって大変だったんだから!

けど、その割には大した仕事じゃなかったわね。

あんな中途半端な動画、何の役にも立たなかったわ!」


カレンが吐き捨てるように言って、シャンパンを飲み干した。

やはり黒幕は霧島可恋だった。

カレンは作戦の失敗を思い出したのか、少しイライラした口調になっている。

雪見は、少し突破口が見えた気がして、彼女をもっとイライラさせてやろうと、

次の言葉を準備した。


「ねぇ。あなたって結構詰めが甘いよね。

今まで色んなことを私達に仕掛けてきたけど、結局痛くも痒くもなかったもの。

所詮、子供の可愛いイタズラ程度にしか過ぎなかったよ。」


「なんですって!」


明らかにカレンのイライラ度が上昇した。

自ら火に油を注ぐようなものだが、いたって雪見は冷静だ。

カレンは急に立ち上がり、違う行動をして落ち着きを取り戻そうとしたのか、

壁際のインターホンでシャンパンを、ボトルで一本追加注文する。


カレンがどれほどの酒飲みなのかは知らないが、お酒に関しては

こんな小娘ごときに負けるような雪見ではない。

だが、カレンが酔わないうちに決着をつけないと、お酒のせいでうやむやになり

今日の日を繰り返すことだけは避けたかった。


それに、いつまでもこんな奴に関わってる時間はない。

今は十二月に向けて全力で編集作業に取り組み、写真集の完璧な仕上がりを

目指したいんだ!

当麻と三人でカラオケに行って歌の練習もしたいし、三人でお酒も飲みに行きたい。

半日でも三人の休みが重なったら、どこかドライブに出掛けよう!って

約束してるんだ!


もう三人の間に邪魔者はいらない。元通りの三人の関係に戻りたい。


そう思った瞬間、頭の中にもう一人、愛穂の顔が浮かんできた。

それと当麻の顔も…。


愛穂は多分あの時、当麻を振ったのだろう。

当麻と二人、ここで待ち合わせをしてた一週間前に…。

せっかく好きになり出した愛穂に振られて当麻は、自分自身を見失って

私にあんなことをしたんだと勝手に解釈した。


そして愛穂は、当麻を利用するためだけに当麻と付き合い出したはず。

健人に近づくための手っ取り早い手段として…。

だとしたら、突然に当麻の家に現れたわけにも納得が行く。


可哀想な当麻くん…。

この霧島姉妹をどうにかしない限り、私達に平穏な日々は訪れない!


そう強く思った時、雪見には再び怒りの感情が湧き上がり

早く決着をつけて健人に会いに行きたい!と最後の攻撃に出ることにした。


カレンが、店員が注いだそばからシャンパンにすぐに口をつける。

雪見も、新たに注がれたグラスを一息に飲み干して、カレンの瞳をジッと見た。


「ねぇ。あなたと愛穂さんって、さっきのラジオじゃ仲の良い姉妹を

強調してたけど、本当は子供の頃から仲が悪いでしょ。」

カレンの表情がサッと変わった。

その反応を確認してから、雪見は次の言葉をつなぐ。


「あなたって、見栄の塊みたいな人よね。

なんでも人よりいい物が欲しくなるし、人の物を取りたくなる。

そのくせ誰かに寄りかかってないと、生きてはいけない。どう?違う?」


「だから何だって言うのよ!」

図星だったと見え、明らかにカレンは動揺し始める。

雪見はカレンに話す隙を与えぬよう、たたみ掛けるように話を繰り出した。


「大学だってそうでしょ?

ただハーバード大学出って言う、レッテルが欲しくて入っただけ。

でも、男が寄り付かないから今は学歴を隠してる、ってとこかな。

健人くんのことだって、本気で好きなわけじゃない。

ただ一番のアイドルを、自分の彼氏にしたかっただけ。

私なんかに負けるのはプライドが許さないのよね?


ラジオじゃ、愛穂さんと男の好みがかぶるのが仲良しの証拠、

みたいなこと言ってたけど、本当はかぶるんじゃなくてお姉さんの彼氏を

自分のものにしたくなって、奪い取るってだけの話でしょ?」

カレンは黙りこくっている。


「今までのあなたの人生って、いったい何なの?

そんな生き方してて、あなたは自分が幸せだとでも思ってるの?」

雪見はカレンを一喝した。

そのあと強い口調から一転して、うつむくカレンに声を穏やかに語りかける。


「いくらレッテルが欲しかったからって、並大抵の努力じゃハーバードには入れないよね。

いくら叔父さんのコネがあったって、毎日の自分の努力無しには

トップモデルを維持してなんて行けないよね?

本当はあなたって、人一倍の頑張り屋さんなんだよ。

ただ、子供の頃からずっとお姉さんと比べられて育ったから、

いつも一番を手元に置いてないと不安で、何が何でもそれを手に入れようとする。


もっと自分自身を認めて、褒めてあげてもいいんだよ。

よく今まで頑張ってきたね、って…。」


そう雪見が優しい目をして語りかけた時、カレンの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。


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