カレンの集中攻撃
あれから一週間。
写真集の編集作業は順調に進んでいたが、あの時の宿題にはまだ一つも
手を付けてはいなかった。
自分自身で忙しさを理由にして、先延ばしにしている。
そのうち、あれは無かった事になるんじゃないか…と、心のどこかで
思っているのかも知れない。
その後、当麻には一度も会ってないしメールも来ない。
本当は会って直接、あの時当麻が言った言葉の意味を問いただすべきなんだとは思う。
だが、きっと当麻だって私に会うのは嫌だろう、と勝手に当麻のせいにして
現実から逃げ回る自分に嫌気が差してきた。
『どうして俺の好きになる人はみんな、健人を好きなんだろう…。』
答えを確かめなくても当麻と愛穂の様子を見ていれば、すでに頭の中に
浮かんでる答えで多分正解だ。
もうすぐ五時。今週も『当麻的幸せの時間』が始まる。
当麻は今、どんな思いでマイクの前に座ってるのだろうか…。
明日の土曜日は久しぶりの完全休暇であるために、金曜の夕方だというのに
みんなはかなり張り切って仕事している。
ここまで半月、飛ばし気味に編集作業にあたってきたので、
少し余裕のあるうちに一息ついて、エネルギーを充電しておこうと
健人写真集編集スタッフ全員で、休みを取ることになっていた。
が、雪見だけは完全休暇とまではいかなかった。
健人へのインタビューページも、自分にやらせて欲しいと志願してたので、
健人の仕事の合間をみて、インタビューさせてもらうことになっている。
『あーあぁ。やっぱりライターさんにお願いしとけば良かったかなぁ。
なんか、自分で忙しさを作っちゃった感じ。
けど、写真は素の健人くんなんだから、話しもやっぱり素の健人くんから聞きたいよね。
いや、ファンにとっては絶対その方が嬉しいはず。
よし!どうせやるならファンの人達の間で、伝説になるような写真集に仕上げるぞ!』
自分自身に気合いを入れて、今日の仕事にラストスパートをかけた。
しばらくするとスタッフの一人が、「あっ!忘れてた!」と大声を出し
机の引き出しから小型ラジオを取り出す。
チューニングを合わせて机の上に置いたラジオから、当麻の声が聞こえてきた。
「今日のゲスト、カレンちゃんなんだって!
聞いて下さいね!って言われてたのに、忘れるとこだった。ふぅぅ、危ない危ない!」
雪見は、一週間ぶりに聞く当麻の声に、ドキッとした。
しかも今日のゲストがカレンだなんて!
どういう事だろう。もしかして、カレンがまた次の一手を仕掛けようとしてるのか。
「カレンちゃん、当麻くんと『ヴィーナス』に連載持つようになってから、
一気にブレイクしたもんね!今じゃ人気モデルの仲間入りだもん。」
「それに叔父さんがテレビ局の有名プロデューサーなんでしょ?なんか
今回のラジオ出演も、『叔父さんのコネ、使わせてもらっちゃった!』
とか言ってたよ。いいなぁー!当麻くんと仲良くなれて!」
「それを言うなら雪見さんでしょ!だって健人くんと親戚な上に、
当麻くんとも仲良しなんだよ!羨ましすぎる!」
編集スタッフ達は、みんな健人と当麻が好きらしい。
「羨ましいって言われても…。健人くんの親友がたまたま当麻くんだった、ってだけで…。」
ほんと、どうして当麻くんは健人くんの親友なの…。
まだ当麻の声を聞きたい心境には無かったが、当麻とカレンが何を話すのか気になったので
みんなと一緒に、ラジオに耳を傾けながら仕事を続けることにする。
それにしても、なぜカレンはコネを使ってまで当麻のラジオに?
「えーと、今日のゲストは、今、人気急上昇中のモデルさんで
僕と一緒に『ヴィーナス』で連載コーナーをやってる霧島可恋さんです!
どーも。こんなとこで会うと、なんかヘンな感じだね。」
「ほんと。でも、いつまで経ってもゲストに呼んでくれないから、強引に来ちゃった。
どうしても出たかったから。」
二人の声のトーンが、どこかおかしい。声からは、全く笑顔を感じられなかった。
耳がラジオに釘付けになり、一つも仕事に集中できやしない。
当麻はどんな思いで、愛穂の妹であり私達の敵であろうカレンと向き合い座っているのか…。
「あ!お姉ちゃんも当麻くんにお世話になってるんだよね、色々と。」
「あ、あぁ。カレンちゃんのお姉さんは、ハリウッドでも活躍してたことある
カメラマンなんだよね。先月沖縄でやったグラビア撮影は、お姉さんに
撮してもらったよ。その節は大変お世話になりました。」
「それだけ?もっと他にもお世話になってるでしょ?私生活でも。
あっ!言っちゃった、生放送なのに。ごめーん、当麻くん!」
雪見は心臓が破裂しそうになった。明らかにカレンは攻撃を仕掛けている。
当麻がうろたえて言葉に詰まっていた。
まさかこんな攻撃を打って出るとは!頑張って、当麻くん!
「えーっとね、カレンちゃんにいっぱい質問が来てるから、多かった順番に質問するね。
一番多かったのは、『男の子の好きなタイプを教えて下さい。』っていう
王道の質問が断トツに多かった!
あと、『仲良し姉妹だそうですが、一番仲良しだなと思う所はどんなとこですか?』
だって。どうでしょう、カレンちゃん。」
「最初の質問は即答できます!斎藤健人くんみたいな人が好みです!
ねっ!わかりやすいでしょ?バンビみたいな可愛 い人、大好きです。
でもね、カレンとお姉ちゃんって男の子の好みが一緒で、いっつもお互い
かぶっちゃうの。それが一番の仲良しポイントかな?
だからどっちかって言うと、お姉ちゃんも当麻くんより健人くんの方が
好みだと思うんだけど…。」
「え、えーっ!俺ってそんなに人気無いんだぁ。泣いちゃうかも!
まぁ、親友の俺から見ても健人はかっこ可愛いからなぁー!しゃーないか!
では、次の質問…。」
当麻の精一杯の受け答えに、雪見の方が泣きそうになった。
許せない!どうにもならない状況を利用して、当麻くんを集中攻撃するなんて!
雪見は、当麻を苦しめるカレンと、当麻を振ったであろう愛穂を
絶対許さない!と怒りに震えていた。