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少しの隠し事

「ねぇ!なんで昨日メールくれなかったのさ!ずっと待ってたのに。」

早朝六時。徹夜仕事を終え、帰宅してシャワーを浴び仮眠を取ろうと

ベッドに入ったところで、健人から電話がかかってきた。

健人は、今起きたらしい声をしている。

昨日、「明日は十一時からの仕事だから、久しぶりに寝坊ができる!」

と大喜びしてたのに、雪見が心配でこんな時間に起きて電話をかけてきたらしい。

朝には滅法弱い健人なのに…。


「ごめんね!徹夜で残業してて、さっき帰って来たとこなの。

メールしてなかったことに気づいたのが夜中だったから、もう健人くん

寝てるだろうなーと思って。疲れてるのに、起こしちゃ悪いでしょ?」


雪見は、取りあえずの言い訳をして、早々に電話を切りたかった。

いつもなら、会えない時や疲れてる時ほど、切りたくはない健人からの

電話であったが、今日は違う。

長く健人と話すうちに、きっと昨日のことを思い出すだろう。

それが嫌で、今はあまり話したくはなかった。


本当は昨日の出来事を、当麻が言ってた言葉の意味を、

一刻も早くに思い起こして解決しなければならない事ぐらい

雪見にだってわかってた。

だが心が拒否反応を示し、それらを勝手に遠くへ遠くへと追いやっている。

まるで今日やらなくてはならない宿題を、見て見ぬ振りして先延ばしにし、

公園へ遊びに出掛ける子供のように…。


「私なら元気だから安心して!これから一眠りして、また仕事に行かなくちゃ。

健人くんも、まだ時間あるんだからもう一度寝なよ。二度寝は気持ちいいぞー!」

何とかこれで、じゃお休み!となって電話を切りたい。

ところが!「これからそっちに行ってもいい?」と聞くではないか!


「ごめん!今は勘弁して!ほんと、あと二時間ぐらいしか寝れないの。

今日はさすがに残業しないで帰ってくるから、夜は家にいるよ。

健人くんが来たいなら、来てもいいから。じゃ、今日も仕事頑張ってね!おやすみ!」


もう、最後は半ば強引に切ったようなもの。

健人が機嫌を悪くしてない事だけを祈って、ベッドに頭まで潜り込んだ。




その日の夜、十時過ぎ。

お風呂上がりにビールを飲みながら髪を乾かしていると、インターホンが鳴った気がした。

「あれっ?今、玄関のインターホン鳴った?」

ドライヤーの音で聞こえなかったが、ドアを開けると健人が立っていた。


「えーっ!健人くん?やだ!こんな格好なのに。」

「ヤダはないでしょ!今朝、夜なら来てもいいって言ったじゃん!」

「うそ!そんなこと、私言ったぁ?」

雪見は徹夜明けだったせいか、自分で言った言葉を最後の方は覚えていなかった。

健人が来るとわかっていたら、ちゃんと着替えて化粧もしておいたのに。


「別にいいじゃん。ゆき姉のすっぴんなんて、もう何回も見てるんだから。

それより腹減ったぁ!なんか作って!」靴を脱ぎながら雪見に訴える。

健人は、仕事先から真っ直ぐ今野に送ってもらったらしい。


「パスタならすぐに作れるけど、それでいい?」

「やった!ゆき姉のパスタ、食べたかったんだ。ワインもお願いしまーす!」

「了解!じゃ、猫のお父さん、よろしく!」


健人がめめとラッキーの相手をしてるうちに、雪見は手早くナスとベーコンの

トマトソースを作り、茹でたてパスタにからめてたっぷり粉チーズを振ってから

ワインと共に健人の前に並べた。

「めっちゃ美味そう!いただきまーす!ヤバッ!これ、美味過ぎでしょ!

ワインも旨いし、最高の晩ご飯だ!目の前にゆき姉もいるし。」


健人はいつも言葉の最後に、雪見と一緒にいられて幸せ的な事を言ってくれる。

料理も本当に美味しそうに食べてくれるし、お酒も美味しそうに飲む。

何よりその笑顔に癒やされる。

雪見の方こそ、健人からいつもたくさんの幸せをもらっているのだ。


「ありがと!よくよく考えたら私って凄くない?

あの、今をときめく斎藤健人に料理を作って、美味い!って言わせるんだから!」


「俺、ここにいる時は斎藤健人じゃないよ。

昔ゆき姉に自転車の特訓受けた、ただの健人だから。」


「じゃあ、ただの健人くん。今日はうちに泊まってく?」


「もちろん!そのつもりで着替え持って来たもん!」


久しぶりに健人と二人お酒を飲んで、笑った気がする。

その頃にはもう、昨日の当麻のことなど思い出さなくなっていた。

いつまでも思い出さなくていい訳ではないけれど、せめて今日ぐらいはすっかり忘れて、

健人とだけ向き合っていたい。

だけど反対に、今日必ず話しておきたいこともある。


「あのね、昨日ラジオの前にね、『シャロン』の撮影があったんだけど…。」

「えっ!『シャロン』にも出るの?凄いじゃん!すっかりモデルさんになっちゃったね!」

「でね。生まれて初めて対談までやっちゃった!それがビックリだったの!

対談相手がなんと学だったんだよ!笑えるでしょ?」

「えっ!?ぜんぜん笑えないんだけど…。」


ベッドの上に、コタとプリンの写真集を拡げて眺めてた健人に雪見は、

さらっとその経緯を話して聞かせた。

決して心配をさせないように、別にどうって事ないよと言うように…。

それから一呼吸置いて、もう一つの今言っておかなければならない事を話し出す。


「それからね。ラジオが終ったあと、当麻くんと『秘密の猫かふぇ』行って来ちゃった!」

「 えーっ!なにそれ!俺も行きたかったのにぃ!なんでそんな話になったわけ?

だってゆき姉、あのあと仕事だったじゃん!」

「そうなんだけど、当麻くんが一時間でいいから歌の練習したいって。

で、近くのカラオケ行こうとしたら、当麻くんがファンに囲まれちゃってさぁ!」


タイムリミットで、歌わずに帰って来たという笑い話に仕立てて健人には話しておいた。

この二つは必ずあとからバレる事なので、時間を置かずに話しておきたかったのだ。

どうやら健人は、雪見の話をそのまま受け取ってくれたようで、特に疑う気配もなく

当麻の話しに関しては、お腹を抱えて笑っていた。

その話の続きはどうしても言えないけれど…。

健人に対する後ろめたさを笑いで隠し通してしまった 。


『良かった…。取りあえず、健人くんの悲しい顔を見ないで済んだ。』

雪見は少しだけ安堵して、また健人と頭を突き合わせて写真集を覗き込む。

幸せな時間の続きを二人楽しむように…。



明日こそ、きちんと宿題をやらなくちゃ。

そう思いながら部屋の明かりを消して寝た。


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