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当麻の衝動

変装したにしたって当麻は目立ちすぎた。

後ろ姿だけでラジオ局周辺をたむろしていたファンに見破られ、ぞろぞろ付いて来られて

行く予定だった近くのカラオケボックスにさえ、たどり着ける気はしなかった。

当麻はあきらめて雪見にメールする。


近くは無理だ!

タクシーに乗って、

秘密の猫かふぇ行こ!

巻いてから行くんで

先に店入ってて。

じゃ、あとで。


by TOUMA



雪見は、離れた所を歩きながら当麻の様子を見ていたので、それが妥当だと

すぐに当麻に返信し、タクシーを拾って乗り込んだ。

『秘密の猫かふぇ』なら、一般の人は入れない。

しかも、周りを気にせずにいれるのが二人には好都合だった。

だが、健人も一緒だったらよかったのに…と思うと、ちょっと寂しくなる。


猫かふぇ行ってきたよ、って言ったらきっと悔しがるだろうな。

前から行きたがってたから…。

でも、今日はどうやったって無理だよね。私も七時前にはここを出なくちゃ!

そんなことを考えているうちに、猫かふぇの入っている本屋のビルに到着。

秘密のエレベーターに乗り店内へ。


金曜日の夕方はみんなここではない所へ行くのか、思ってたほど混んではいない。

しかしカラオケブースは人気があるので、果たして空いてるものなのか心配になり、

雪見は先に行って見てくることにした。


薄暗いトンネルを二つくぐると、三人の大好きなウォーターベッドのあるスペースへと出る。

そこから更に一つトンネルを抜けると、やっとカラオケブースに到着だ。

「よかったぁ!空いてた。当麻くんにメールしておこ。」

さっそく足元にやって来た子猫を膝に乗せ、カラオケブースで待ってる事を伝える。


膝に大人しく乗ってる白い子猫は、尻尾の長さこそ違うが雪見の家の

ラッキーにそっくりだ。

『ラッキー、いい子にしてるかなぁ。』

最近のラッキーはイタズラ盛りで、子守役のめめも結構手を焼いてる様子。

雪見が帰ると、『やっと帰って来てくれたぁ!』とでも言いたげな目をして

玄関先に走ってくる。

ちょっと可哀想になって、ついついおやつをあげてしまうのと、

仕事が忙しくなり、あまり運動になりそうな遊びに時間が取れない事もあって、

近頃のめめは少々メタボ気味。飼い主としては反省しなきゃ。


もう一匹、三毛猫が静かに近づいてきた。

人懐っこく足元にすり寄りゴロゴロと喉を鳴らすので、雪見は鞄から

デジカメを取り出し、久しぶりに猫の撮影会をして当麻を待つことにする。



ついつい夢中になり、はっ!と時計を見るともう六時五十分。

『いっけない!もう編集部に戻らなくちゃ!当麻くん、一体どうしちゃったの?』

雪見はもうタイムリミットであることを当麻にメールし、急いで来た通路を戻ることに。


二つめの長いトンネルに入ると、向こうの方から誰かが走って来る。

薄暗いので近くまで来て、やっとそれが当麻であることが判った。

「当麻くん!ずいぶん遅かったじゃない!悪いけど、また今度に…。」

そこまで言った時、当麻が雪見の前に走り寄って何も言わずに、

突然雪見を引き寄せ抱き締めた。


「ち、ちょっと、当麻くん!悪い冗談やめてよ!なんなの!?」

当麻は何も答えようとはしない。

それどころか、さらに強く雪見を抱き締める。

雪見は、心臓がちぎれるかと思うほど鼓動が激しくなり、頭がボーッとして

思考回路が麻痺した。『どうしたら離してくれるの?』


しばらく思うままに抱かせておくと、少しだけ当麻が身体を緩めた。

極めて冷静を装って、落ち着いた声で当麻に話しかける。

「愛穂さんと、なんかあったの?」


一瞬ビクンとした気がしたが、まだ当麻は言葉を発しない。

『完璧に遅刻だぁ!』と心の中は焦るが、当麻が雪見を離してくれる

呪文の言葉が思いつかないので、開き直ってじっくり考える。

「ケンカでもしちゃった?愛穂さん、私と同じで少し気の強いとこあるから。」

笑いながら聞いてみたが、答えそうもない。


少しして、当麻がやっと小さく何かをつぶやいた。

「えっ?なぁに?」


「どうして…。どうしてみんな健人なんだろう…。」


消え入りそうな声で言った当麻の言葉に、雪見は衝撃を受けた。

「なに?なんの事を言ってるの?どういう意味?」


「どうして俺の好きになる人はみんな、健人を好きなんだろう…。」


そう言うと当麻は、身体をやっと離して雪見を見つめた。

そのあまりにも真剣な目つきに雪見は、恐怖さえ感じ始める。

次の瞬間、当麻の顔が接近してきて、キスしようとしてるのがわかった。


「やめて!嫌いになっちゃう!」

トンネル内に雪見の声が、大きく大きく響き渡る。

そしてドンッ!と当麻を壁に突き放し、雪見はトンネルの出口まで走り続けた。


最後のトンネルをくぐり抜け店を出て外に立つと、すでにそこは

ネオンの明かりで照らされた街に、変貌を遂げていた。

雪見は、とにかく編集部に戻らなくちゃとだけ考えてタクシーに乗る。

他のことは一切考えたくはなかった。

と言うか、考えてしまったら、自分がこの街からすぐにいなくなってしまう気がして

そうならないように心に蓋をした。



「済みませんでした!こんなに遅くなって。

これ、みなさんで食べて下さい!今、お茶入れますね。」

雪見は、近くのコンビニで買った色んなスイーツを机に並べ、

何事も無かったかのようにお茶を入れる。

そしてみんなと一緒にロールケーキを食べながら、

「私って、まだ何にも仕事してないのに、おやつの時間だけは外さないんだなぁ、これが!」

と言いつつみんなで大笑いをし、嫌なことから気持ちを遠ざけた。



その日の夜、雪見は一人で編集部に残り、明け方まで仕事に没頭した。


健人が別れ際、「仕事が終ったらメールしてよ!」と言っていたから、

仕事を終らせたくはなかったのだ。


健人にメールなんて、今はする気にはなれない。



完全に朝が来て、昨日のことがリセットされるなら…。


微かな希望は何一つ、叶えられはしなかった。


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