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予想外の仕事

雪見の家で四人の飲み会をしてから早一週間。

相変わらず健人も当麻も忙しい毎日を過ごし、まだ一度も三人揃って

歌の練習が出来ぬまま、十月二週目の『当麻的幸せの時間』放送日を迎えてしまった。

今日は健人と雪見も番組に加わる日。夕方四時にラジオスタジオ集合だ。


この日も雪見は朝から『ヴィーナス』編集部にて、写真集の編集作業をこなし、

お昼過ぎからは、同じ出版社の三十代向けファッション誌『シャロン』

のグラビア撮影が待っていた。


以前『ヴィーナス』編集長吉川に紹介された『シャロン』編集長北村が

「是非ウチにも出て欲しい!」と、雪見の所属事務所に頭を下げて

決まった仕事ではあったが、雪見はどうにも気が重い。

もっと編集作業に没頭したいのに、ちょこちょこ違う仕事が間に入り、

その度に編集部を抜け出さなければならないことに、段々とストレスを感じ始めた。

しかしこれは致し方ないことだと、頭の中では解ってる。

写真集の出版を『ヴィーナス』とのコラボでと契約した時点で、色々な

企画を仕掛けると言うことは、吉川との取り決めだったのだから。


午前十一時前。『シャロン』編集部から迎えの人が『ヴィーナス』編集部にやって来た。

今日の撮影は、都内の大学キャンパスで行なわれるらしい。

しかも今話題の有名人との対談が急遽用意されたと聞かされて、雪見は慌てだした。


「えーっ!そんなぁ!グラビア撮影だけでも一杯一杯なのに、この私が

対談なんて絶対に無理です!お断りします! 」


「断るって言われても!私は浅香さんを連れて来るようにって、編集長に

言われただけだから…。お願いします!私も困るんです!」


二人のやり取りを聞いていた写真集編集スタッフは、笑いながら

「雪見さん、行ってやりなよ!その子泣いちゃうよ!

『シャロン』の北村編集長は怖い人なんだから。

こっちは順調に進んでるんだし、それに有名人との対談なんてワクワクするじゃん!

一体誰との対談なんだろ?ねぇ、誰が来るの?」

と聞いたのだが、その迎えに来た新人らしい『シャロン』編集部員は、

誰との対談かは本人にはシークレットなのだと言う。


「なにそれ!誰との対談かも教えてもらえないの?益々行きたく無くなった!」

その子を責めるのはお門違いと解っていたが、無性に腹が立ってきた。


「まぁまぁ!これも写真集を売るための戦略なんだから、私達のため、

いや健人くんのためだと思って我慢して!北村さんの企画力って凄いんだよ!

絶対にマイナスになることはしないって。それどころか、相当な反響を狙ってると思う。

『ヴィーナス』も、うかうかしてられないわ!」

そう言って、ここのリーダーの加藤さんが雪見をなだめる。


雪見は、これ以上何を言っても、どうにかなるわけでもないと観念し、

渋々出掛ける準備をした。

「済みません!撮影のあとは真っ直ぐラジオ局に行くことになりそうです。

えーと、五時半には放送終るんで、六時過ぎには戻って来ますから!」


いってらっしゃい!と送り出され、『シャロン』のカメラマンやメイクさんらと共に

ワゴン車に乗り込み、撮影現場へと移動した。



車の中では、初対面となる撮影スタッフと自己紹介を交わしたあと、

今日の衣装の打ち合わせをする。

やはり三十代向けファッション誌だけあって、『ヴィーナス』で着る衣装とはまるで違う。

が、二十代向け『ヴィーナス』では気恥ずかしさが先に立ったが、

『シャロン』は自分の年代の雑誌なので、少しは堂々としていられる気がした。


「もう少しで到着です!」

運転していたカメラマンの声で窓の外を見ると、見覚えのある懐かしい風景が目に映った。

「あれっ?ここは…。」

車を降りて驚いた。そこは雪見が卒業した大学のキャンパスだったのだ!


「うそ!ここで撮影するんですか ?」

「そう!ここ、雪見さんの出たとこでしょ?凄い大学出てるんだね、雪見さんって。」

「いや、そんなことはないけど…。」

五十代ぐらいに見えるカメラマンを見ながら、雪見はなんとなく嫌な

予感がしてきた。 『まさかね…。』


「じゃ雪見さん、着替えて準備お願いします!」

もう一度ワゴン車に乗り込み、着替えてヘアメイクを整える。

いよいよグラビア撮影のスタートだ。


「母校のキャンパスを懐かしい思いで歩いてる!ってシチュエーションでお願いします!」

確かに懐かしいは懐かしい。卒業以来何年ぶりであろう、ここを訪れるのは…。

次第に昔を思い出し、演技ではなく本当に懐かしくリラックスした表情で撮影は進んだ。


「バッチリです!雪見さん。 いい写真が撮れてますよ!

じゃ次の衣装に着替えて、いよいよ対談相手とご対面シーンから撮影を

再開します!」

再び車の中で着替えながら、雪見は心臓が尋常じゃないほどドキドキしてきた。


「私、何にも話せなかったらどうしよう!対談なんてしたことないし…。

もしも上手くいかなかったら…。」


「ほらほら、そんな顔しないで!大丈夫!雪見さんなら大丈夫よ。

私、撮影見てて思ったもの。この人、本当にカメラマンなの?って。

私の目には、トップモデルか女優さんにしか見えなかった。

だから大丈夫!自信を持って堂々とお話すればいいの。

さぁ、いってらっしゃい!」

スタイリストさんに励まされ、背中を押されて車を降りる。


「じゃあ雪見さんは、ここから向こうに向かって、ゆっくり歩いてくれる?

対談相手はむこうからこっちに向かって歩いて来るから。

真ん中辺で顔を合わせた瞬間の表情から撮影開始ね。」


カメラマンの指示通りに、ゆっくり一歩ずつ歩く。

普段履き慣れないヒールと緊張感で、果たして足が正しく前へ出ているのかさえ判らない。

足元ばかり見て歩く雪見に、前方に立っているカメラマンから

「雪見さーん!もっと顔を上げて!」と注意が飛ぶ。


「ごめんなさいっ!」足元を気にしてる場合ではないと開き直り、顔を上げた。


キャンパスを行き交う学生の間から見え隠れして、徐々にこちらに

近づいて来るスーツ姿の長身の男性。


それが誰だか判った瞬間、雪見の足は一歩も前へは進まなくなった。


『学!対談相手って学なの…?』



広いキャンパスの中で、二人の間の時間だけが止まってしまったかのように見える。


向こうから歩いてくるのは、十二年前の若くて一途だった恋人の姿に

雪見の瞳には映っていた。


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