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カミングアウト

「まさか今日、みんながうちに集まるなんてねぇ!驚きの展開だわ。

まだ二人とも仕事かと思った。」

雪見がグラスを手に取りながら、健人と当麻を見て言った。


「ゆき姉から、『今日愛穂さんがうちに飲みに来る。』ってメール来て

こりゃ当麻と行かなきゃイカンでしょ!と思ってさ。

ラジオも終ってたから当麻にメールしたら、ディレクターさんの誘いを蹴って

こっちに来たんだって!こいつ。」

と、健人はニヤニヤしながら当麻を見る。

が、当の当麻は素知らぬ顔をして、自分が作った三種の茸のガーリック炒めを頬張り、

ワインをゴクリと喉に流し込んで「これ、めっちゃワインに合う!」とご満悦な様子だ。


雪見も健人も、二人の口から色々聞き出したいのに 、さっぱりそんな話にはならない。

それどころか、当麻と愛穂の会話や表情を観察してみると、もう何年も付き合って

お互いが空気のような存在になってるカップルを、なぜか頭に思い浮かべてしまう。


『付き合ってすぐって、普通もっとラブラブなんじゃないのかなぁ?

それとも、私達に冷やかされるのを警戒して、ベタベタしたいのを押さえてる?

いや、そんな風にも見えないし…。

まぁ、元々当麻くんは、健人くんに比べて恥ずかしがり屋さんだから、

どの恋愛でもみんなの前ではこんな感じなのかな?』


雪見は、当麻と愛穂を交互に見ながら、どこか心に引っかかるものを感じていた。

恋愛なんて人それぞれなのだから、別に気にしなきゃいいことなんだけど。


「そうだ !今日の当麻くんのラジオ、録音してあったんだ!

まだうちら聞いてないから、BGM代わりに流しちゃお!」

そう言いながら雪見が、今日放送の『当麻的幸せの時間』を流し始めた。


つい三人とも聞き入って、場がシーンとしてしまう。

だが当麻は、無我夢中でしゃべる生放送の三十分間を改めて聞き返すのは、

どうにも恥ずかしくて仕方ないらしい。


「おーい!そんなに真剣に聞かなくてもいいから!

俺今日は一人だったし、大したこと話してないって。

あ!先週の放送の反響は、プロデューサーもビックリするほど凄かったよ!

『当麻くん一人の放送より三人の時の方が断然面白いから、どうか三人の番組に

変えちゃって下さい!』って葉書にはガッカリしたけどね。」

当麻の話にみんなで大笑いしたら、一気に場の空気がリラックスした。

よし!今が聞き出すチャンス!と読んで、雪見が口火を切る。


「ねぇねぇ。愛穂さんって、当麻くんみたいな人がずっとタイプだったの?」

最初の質問にしてはその微妙な言い回しに、言った本人が『しまったかな?』

と少々後悔したが、口から出てしまったものは仕方ない。


「うーん、タイプでもないかな?今まで付き合ってきた人は、グイグイ

引っ張ってくれて頼れる人が多かった。

当麻くんみたいな優柔不断で平和主義な人とは、初めて付き合ったよ。

だから、結構まだ戸惑ってる。」

愛穂のはっきりしたものの言い方に、こっちの方が戸惑った。

当麻と健人の顔も、明らかに複雑な表情をしている。


「そ、そうなんだ…。けど当麻くんって優しいし格好いいし家事も得意だし、

それに世間のイメージよりも、意外と男らしいとこあるよ!」


「意外にって何よ、意外にって!」

雪見のフォローに当麻がツッコミを入れたが、その顔に笑顔はない。

やっぱりこの二人に、熱い思いが感じられない気がするのは、

ただの思い過ごしではなかったのか。

何時間か前に感じた言いようのない不安が、徐々に姿を現し始めた。


「そう言えば昨日、梨弩さんって人のグラビア撮影したよ。

あの人、雪見さんの前の彼氏なんでしょ?『浅香雪見ってカメラマン知ってる?』

って声をかけられたんだ。凄い人と付き合ってたんだね、雪見さんって!」

突然の愛穂の発言に、健人たちは一瞬で固まった 。雪見は慌てふためく。


「えっ!『ヴィーナス』のグラビアに出るの?なんで?

愛穂さんが撮ったの?学を。」


「そう!次の特別グラビアは、梨弩さんに急遽変更になったらしい。

この前すっごい賞を取ったんでしょ?

国際的科学者なのに、超イケメンってことでオファーしたみたい。

実際会ったら背は高いし、モデルさん並みの体型だった。

大人の色気ある格好いい男!って感じ。その上、優秀な頭脳を持ってるんだから、

もうパーフェクト!だよね。なんであんな素敵な人と別れちゃったの?」

いきなり饒舌になった愛穂のストレートな質問に、雪見は焦る。

健人と当麻の視線がこっちを向いてるのを感じた。


「なんで、って…。」

雪見は、健人と当麻に本当の事を話 す勇気がなかった。

二十六歳の時にプロポーズされたことや、嫌いになって別れた訳ではないことを…。

健人には、何も隠し事をしたくないと言っておきながら、やっぱり言えないことがある。

雪見が言い訳を探していると、当麻が先に口を挟んだ。


「ゆき姉にだって色々あるよね!

俺や健人にだって、他人には言えないことたくさんあるんだから。

言いたくないことは、無理に言わなくてもいいんだよ。」

かばってくれる当麻の優しさが、雪見の心にじわっと染み込んでくる。

だが、健人の不安げな表情は、そのままにしておくわけにはいかないと、とっさに思った。


「デンマークに一緒に来て欲しい、っていうプロポーズを断ったの、昔。」


雪見の覚悟を決めたカミングアウトに、三人が驚いて雪見を見る。

健人は、以前学と話した時に覚えた胸騒ぎはそういう事だったのかと、

今やっと合点がいき、一瞬驚きはしたが少し気持ちが落ち着いた。


「そう。そうだったんだ…。ありがとう!話してくれて。」

健人が雪見の顔を見て、にっこりと微笑んだ。

その瞳から先程までの不安げな影は消え去り、反対に、雪見が自分に大事な事を

打ち明けてくれた!という嬉しさが読み取れる。


「ごめんね、健人くん。今まで黙ってて…。

あの時ちゃんと話せば良かったって、後悔してたんだ、私。

今みんなに話せてスッキリした!あー、喉乾いちゃった!」

そう言いながら雪見は、ビールの缶をプシュッと開け一気に飲んだ。


そのあとは四人で、昔の恋人の話をお互いに披露し合って盛り上がり、

また近々、今度はカラオケに行く約束をして解散した。

帰る当麻と愛穂を玄関先で見送る二人。

「じゃ、またねっ!当麻くん、ちゃんと愛穂さんを部屋まで送り届けてよ!

送り狼にはならないでねっ!」


「古っ!ゆき姉!今どき送り狼なんて言葉は使わんでしょ!

すんげー久々に聞いた!」

健人のツッコミに当麻と愛穂の笑い声が響く。



二人が玄関を出て行ったあと、健人は雪見を抱き締め

「ゆき姉、だーい好きっ!」と言ったあと優しいキスをした。


二人だけの夜はまだ明けない。


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