表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/443

夢と現実のあいだ

一杯目のビールを飲み干し少しお腹も落ち着いた頃、健人が私に質問してきた。


「ねぇ。ゆき姉はなんでカメラマンになったの?

しかも猫専門になったのは、なんで?」


「ちょっとぉ!私の方が先に質問したんだから、まずは健人くんが答えてよ。

いつから俳優さん、やってるの?」


「高校二年の終わり頃かな?

友達と原宿に遊びに行って、今の事務所にスカウトされた。」


「じゃあ、もう四年になるんだ!全然知らなかった。」


「ゆき姉ってさ。どっかアマゾンとかの奥地にでも行ってたの?

もしかして、テレビのない生活してんの?

俺以外の俳優とかも、絶対知らないでしょ。

あ、すいませーん!ビールふたつ!

ほら、ゆき姉も早く飲んじゃって。」


健人の声に反応した人が何人か、こっちの方をチラッと見た。


「シーッ!健人くん、大声出しちゃだめだよ。

しかも、なんで個室を予約しなかったの?みんなにバレバレじゃない。」


「ゆき姉に、ここからの夜景を見せたかったから…。

それにさぁ、

俺、コソコソするのって嫌いなんだよね。

悪いこともしてないのに、なんで隠れながら飯食わなきゃなんないの?って感じ。」


ちょっと不機嫌にさせてしまった…。



「で、でもさぁ。私はいいんだけど、健人くんは一応アイドルなわけだから。

私なんかといて、変な噂とか立てられたら困るでしょ。

今はツィッターとかあるから…。」


「だからさっき、わざとテレビで言ったんだよ。親戚のお姉さんとご飯行くって。

ねぇ、もうやめよう、こんなつまんない話。

せっかくゆき姉とご飯食べるの、楽しみに来たのに…。」


健人の横顔から笑顔が薄れ、私は慌てた。


「ごめんごめん!そうだね。

よし!今日は健人くんとの初飲みなんだから、とことん飲むぞぉー!」


一気にビールを喉に流し込んだら、健人が申し訳なさそうに言った。


「あ、ごめん。明日映画の舞台挨拶で、朝イチで大阪なんだ。

だから今日は、ほどほどに。

その代わり来週の木曜、俺、ひっさびさのオフでさ。

実家に泊まってのんびりしようと思ってんだけど、良かったらゆき姉も来ない?

あそこでだったら、まわりを気にせず飲めるでしょ?」


突然の誘いに驚いた。


「えっ?でも…。せっかくの家族団らんにお邪魔するのもなんだから…。」


「いいじゃん。さっき母さんからメールきたんだ。ゆき姉に会うなら来週誘えって。

自慢のキムチでチゲ鍋パーティーするらしいよ。謎に張り切ってた(笑)」


「ほんとに⁉︎ おばさんのキムチ食べたーい!メチャクチャ美味しいもんね。

私、おばさんみたいな美味しいキムチ漬けたくて、ばあちゃんの葬式の時、こっそりレシピ聞いたの。

でも今イチおばさんの味には近づけなくて。

あれから十年、毎年漬けてはいるんだけど…。」


「マジで?ゆき姉もキムチ漬けれんの? すっげー!!

俺、うちの母さんだけかと思ってた。自分ちでキムチなんて漬けるの。」


「おばさんは、お料理なんでも上手だもんね。

初めてご馳走になった時、私もこんな美味しいご飯作れる人になりたい!って思ったもん。

で、そのあと料理学校に通って、調理師免許まで取っちゃった(笑)」


「マジか!ゆき姉、料理作れんの?イメージ違う。」


「ひっどいなぁー。私のイメージって、どんなのよ。」


「なんとなーく、そおいうの苦手にしてる感じ?」


「それって、あんまり女らしくないってこと?ひっどいなぁ(笑)」


「あ、でも今日でぜんぜんイメージ変わったよ。

意外と女らしいし、努力家なんだなぁーって。」


「意外とね(笑)」


「いや、今のは失言(笑)。

ゆき姉って、俺の中では体育会系だったから。」


「それって昔の、自転車と鉄棒の特訓のこと言ってる?」


「覚えててくれた?あれは俺、一生忘れないと思うよ。

子供心に、こいつは鬼だ!と思ったもん(笑)」


「そっかぁ、やっぱりね。薄々は感じてたけど(笑)

なんか懐かしいなぁ。昔は夏休みとか、よく健人くんちに泊まりに行ってたもんね。

そうだなぁ…来週久しぶりに、お泊まりしちゃおかな?

おばさんにもう一度、キムチのコツ教わりたいし。」


「やった!ほんとに?家にメールしよ ♪」


そう言って健人はすぐに携帯を開き、母にメールした。

私はそのあいだ、冷めてしまった料理に箸をつけ、残りのビールを飲み干した。



自分でも、思いがけない展開に驚いてる。

だんだんと近づきつつある健人との距離に、懐かしさと共にドキドキもしてる。


肩が触れあうほど隣にいるのは、アイドルの斎藤健人ではなく、子供の頃よく遊んだ斎藤健人。


雪見にとっては彼がアイドルであろうがなかろうが、そんなことはもう、どうでもいい話であった。



21才という年齢と、可愛いと綺麗を併せ持った顔。

身長も170cmぐらいと少し小柄だから、年上の自分から見れば、どうしても少年っぽく目に映ってた。


そりゃそうだ。

今まで年下男子なんて、眼中になかったから。

いつも、頼れる年上の大人の男にしか心を開けなかったから。


だけど。今は違う。


なにも飾らない、自分の心に真っ直ぐな健人が、今はとても男らしく頼もしく思える。

わざとするお茶目な横顔が子供なんだけど、それさえも愛しく、いつまでも眺めていたくなる。


目の前に広がる宝石のような夜景が、健人からもらった初めてのプレゼント。

いつまでも大事に大事に、心の引き出しにしまっておこうと思った。


コタとプリンの写真集は未だ忘れられたまま。

じっとテーブルの足元で、その出番を待っている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ