読めない愛穂の心
「愛穂さん!愛穂さんが撮ってくれるの?阿部さんは?」
てっきり今日のカメラマンは、阿部だとばかり思ってた二人。
突然の愛穂の登場に驚かないわけはない。
なんせ昨夜『どんべい』で、当麻との噂話を散々したとこなのだから。
雪見と健人は顔を見合わせ、にやっと笑った。
「なによ、二人とも!カメラマンが阿部さんじゃなくてがっかりした?
私は今日二人を撮せるのが、すっごく楽しみだったんだけどな。
あ!当麻くんが、よろしく言ってたよ。
今日のラジオもちゃんと聞くように!って、伝言頼まれてたんだ。」
雪見たちが何も聞かないうちから、愛穂は嬉しそうに当麻の話をする。
「後から色々、聞き出さなくっちゃねっ!」
雪見が健人の耳元でさ さやいてから、二人でセットの前に立った。
「なんだか益々仲良しな二人ね。カメラマンとしてやる気をそそられるわ!
じゃ、始めましょう!みなさん、よろしくお願いします!」
愛穂の声で、『ヴィーナス』一月号の撮影がスタート。
一気にスタジオが熱気に包まれる。
当初の予定では、雪見と健人のグラビアは最初の号だけのはずだった。
あとは健人のグラビアのワンコーナーに、雪見の撮影風景やオフショットを
十二月発売号まで載せて終了、となるはずであった。
ところがふたを開けてみると、グラビアが発売と同時に大反響を呼び、
雪見に対する質問や感想が多数寄せられて、編集部がちょっとしたパニックに
陥る騒ぎになったのである。
それで急遽編集長の吉川は、 雪見と健人二人のグラビアを、十二月発売号まで
毎月載せる事に決めたのだ。
カメラマンの愛穂はと言うと、沖縄で健人と雪見、そして当麻の三人を撮した写真が
編集部内で高く評価され、すっかり『ヴィーナス』の人気カメラマンとして
阿部と仕事を二分していた。
雪見は同業者として、つい愛穂の仕事ぶりに見入ってしまう時がある。
そんな時、愛穂はすぐに気が付いて雪見に声を掛けた。
「雪見さーん!カメラマンの顔になってるよ!
今はカメラマン雪見じゃなくて、モデルの雪見になりきって!」
「ごめんなさいっ!どうも愛穂さんの動きに目が行っちゃって…。」
「せっかく健人くんと一緒にいるんだから、もっと楽しまないと!
じゃ、衣装替えようか。セット のチェンジもお願いしまーす!」
次の衣装はなんと着物であった!
「えーっ!この振り袖着るのぉ?
私、三十三ですよ!ちょっと振り袖はまずいと思うんだけど…。」
牧田にすがるような目で訴える雪見。
「だって一月号の撮影なんだから仕方ないよ!
一月号はいつも健人くんには着物を着てもらってるの。
まさか着物姿の健人くんに、隣の雪見ちゃんが洋服って訳にはいかないでしょ。
振り袖だって、二十代のファッション誌なんだから大丈夫!雪見ちゃん未婚なんだし。」
渋々髪を着物用にセットし直し、牧田に着物を着付けてもらう。
振り袖なんて、成人式以来着たことがない。それがまさか今日着ることになろうとは…。
準備が出来て雪見がスタジオに戻ると、 すでに健人はセットの前にいた。
さすが毎年着ているだけあって、背筋も正しく堂々と着こなし、
いつも見ている健人とはまた違った、大人の色気を感じさせる。
イケメンというジャンルの人達は、どうしてこう何でもかんでも似合ってしまうのだろうか。
一歩ずつ健人に近づくたびに、ドキドキとさせられる。
だが、今みんなの視線を釘付けにしているのは雪見の方だ。
スタジオに静々と入ってきた雪見の艶やかな振り袖姿は、誰もが感嘆の声を上げる。
もちろん健人も、雪見が着物を着ている姿など、生まれて初めて見た。
「驚いた!メッチャ綺麗だ…。
ゆき姉の着物姿なんて想像も付かなかったけど、良く似合ってる。凄く綺麗だよ!」
健人の瞳には、もう目の前の雪見しか 映っていなかった。
雪見は、振り袖をまとっている自分自身がどうしても恥ずかしく、
横に下ろした長い巻き髪をいじっては、その恥ずかしさを紛らわせている。
「やだなぁ!そんなに見ないでよ!この格好が今までで一番恥ずかしいんだから。
グラビア見てうちの母さん、なんて言うだろ…。」
三十三まで嫁にも行かずに猫ばっかり追っかけてたかと思ったら、
今度は健人の後を追っかけ出して、その上振り袖姿で二十代向け雑誌に
載ってる娘を、母はどう思って見るのだろうか。
そう思うと、雪見は段々ナーバスになってきた。
「ほら!そんな顔すんなって!俺が綺麗だって言ってんだから間違いないの!
ねぇ、愛穂さん。ゆき姉、綺麗だよね!」
「うん!すっごく綺麗 !やっぱ日本の伝統美っていいなぁー。
よし!雪見さんのグラビアを見て、日本の着物人口が増えるような写真を撮るからねっ!
じゃ、撮影再開します!よろしく!」
無事今回もグラビア撮影をこなし、着物を脱いでメイクルームでホッと
安堵する雪見に、ノックして入ってきた愛穂が後ろから声をかけた。
「雪見さん、お疲れ様!すっごく素敵な写真を撮らせてもらったよ!
なんかカメラ覗いてたら、私も着物着てみたくなっちゃった。
成人式も出てないから、着物なんて七五三以来着てないもん。」
「私も似たようなものだよ!これがなかったらきっと、もう一生
振り袖なんて着ないで終ってたと思う。
最初はどうなることかと思ったけど、いい経験させてもらいました。
あ、愛穂さんも今度着物借りて着てみれば?私が写真、撮ってあげる。
こう見えても私、結婚式場でのバイトが長いから、着物撮影はお手の物だよ!」
雪見がちょっと得意げに言う。それから思い付いたように小声で、
「そうだ!来年のお正月は当麻くんと、着物で初詣なんて素敵じゃない?
当麻くん、絶対に着物似合うと思う!そしたら私がツーショット撮ってあげるよ。」
なんて反応するか興味津々で愛穂の顔を見る。
「うーん、それまで付き合ってるかどうか、わかんない。」
「えっ?」
愛穂の予想外の返答に、雪見は困惑した。
あんなに当麻は浮かれてるのに、愛穂はたった二ヶ月先の愛も保証できないと言う。
今さっき始まったばかりの愛なのに…。
雪見は 、心の中を駆け抜けた言いようのない不安を隠しながら、次の言葉を探していた。