当麻と愛穂
「もしかしてゆき姉、ぜんぜん酔ってない、とか?
まさか、さっきまでのは全部演技だったりするわけ?」
外に出た途端シャキッとした雪見を見て、健人はやっと気が付いた。
「当り前でしょ!あれごときのお酒で酔っぱらう私だと思ってる?
めっちゃ恥ずかしかったよ!みんなの前で健人くんにキスするの。
でも、リアルに酔ってる感じがしたでしょ?」
「役者の俺が太鼓判押すよ!今すぐ転職して女優になれば?
けど、あのキスのお陰で愛穂さんには、俺の彼女がゆき姉だってバレたと思うけど。」
「あっ!!」
その頃、当麻と愛穂はワインを開けて乾杯していた。
「もう遅いから、これ一杯飲んだら帰るね。
けど、やっぱり健人くんの彼女って、雪見さんだったんだ。」
クスッと笑いながら愛穂が言うと、それに反応して当麻がめちゃくちゃ
慌てたのも可笑しかった。
「ええっ?そう見えた?アメリカじゃ仲の良い親戚同士って、ほっぺたにキスしない?」
焦って当麻はシラを切ったが、誰がどう見てもさっきの雪見の態度は、
ただの親戚が取る態度ではない。
「大好き!」と言いながら頬にキスする親戚が、日本にはどれほどいるだろう。
「いいよ、もう隠さなくても。誰かに話したりなんてしないから。
ハリウッドじゃスキャンダルなんて普通に見たり聞いたりするけど、
それを一々誰かに話してなんかいたら、すぐに仕事を無くしちゃう!
石垣島で健人くんから彼女の話を聞いた時は、ちょっと嫉妬したけど
相手が雪見さんだと解ったら、スッと納得できた。
雪見さんとなら応援できる。」
「そう。ならいいんだけど…。」
当麻が胸をなで下ろし、ワインのグラスを一気に空ける。
そして酒の勢いを借りて、『霧島可恋がツィッターを流したり、動画を
流出させた犯人なのか?』という、ずっと健人たち三人の心に溜まって
いた疑問をぶつけてみようかどうしようか、しばらく考え込んだ。
「あのさ…。いや、やっぱやめとく。ごめん…。」
当麻には聞けなかった。
もし万が一にも違っていたら、妹をそんな風に言われた愛穂は傷ついてしまう。
愛穂を傷つけるのは本意ではなかった。
「いいんだよ、何でも言ってくれて。私、当麻くんに少しでも近づきたくて
ここに来たんだから…。」
愛穂が大きな瞳で当麻をじっと見つめる。
けれど当麻は、その瞳に何の興味も湧いてこなかった。
「あのさ。俺たち三人って、愛穂さんから見たらどう見える?」
さっき聞こうとした事とは違うことを口にする。
でも、当麻にとっては大事な質問だった。
「えっ?当麻くんたち三人?
健人くんと当麻くんは本当に仲良しの親友って感じだし、健人くんと
雪見さんは恋人同士に見えなくもないけど、年の離れた仲良し姉弟にも見えるし…。」
「俺とゆき姉は?どう見える?」
これこそが当麻の聞いてみたい事だったのだが、愛穂はそれを察知し
本心とは違うことを口にした。
「当麻くんと雪見さん?そりゃ親友の彼女もしくは親友のお姉さんって
感じ?
そうじゃなかったら、どう見られたいわけ?」
当麻は愛穂に心の中を見透かされた気がして、グッと言葉に詰まった。
ワインを飲み干した後も気まずい沈黙が流れる。
それに耐えきれなくなったのは愛穂が先だった。
「あー、やだ!当麻くんって若いから、もっと恋愛に対してガツガツ
してるのかと思ったのに、お酒を飲んだって指一本触れてこない。
そんなに雪見さんの事が好きなら、健人くんから奪えばいいでしょ!
好きな人より男の友情を取るってことは、その人への思いもその程度ってことね!」
当麻は愛穂に、こてんぱんにやられた。
いかに自分が臆病者で、傷つくのも傷つけられるのも嫌いな平和主義者か。
そのくせ中途半端に愛を表現するから、相手を困惑させる最悪な男!
とまで言われ、相当へこんだ。全てが図星で、ぐうの音も出なかった。
「だけど私は…。そんな当麻くんを好きになっちゃった。」
突然の愛の告白!
ストレートに気持ちをぶつけてきた愛穂に、当麻はドキドキが止まらない。
今までどれほどの恋のアプローチを受けてきたことだろう。
ファンからのブログへのコメントも、真剣な愛の告白ばかり。
だが愛穂ほど、自分の弱さもかっこ悪い所も全部引っくるめて好きだ!
と言ってくれた人は他にはいない。
当麻自身も愛穂になら、すべてをさらけ出して素の自分でいられるような気がした。
少しずつ、雪見と一緒に居るときのような居心地の良さを感じ始めた当麻。
徐々に、愛穂の事をもっと知りたいと思うようになっていた。
当麻の、新しい恋が始まった瞬間である。
それから二日後の九月最終日の朝。
その日は、雪見が健人専属カメラマンとして現場について歩く最後の日でもあった。
健人が、来て欲しくはないとずっと願ってた日が、ついにやって来てしまったのだ。
少し情緒不安定気味になってた健人を見かねて今野が、雪見に少しでも
そばにいてくれるよう頼んで、前夜から健人の家に泊まっていた。
「大丈夫。私はどこにも行かないって約束したでしょ?
身体は別々の場所に立ってても、心はいつも健人くんの隣りにいるよ。
そうだ!これを健人くんにあげる。
私がカメラマンになってから、肌身離さず付けてたお守り代わりのペンダント。
今日からこれが健人くんを守ってくれるから。」
そう言いながら雪見はベッドの上で身体を起こし、ペンダントを外して
隣りに横たわる健人の首に付け替える。
「これで大丈夫!健人くんは、もう私から離れられなくなりました!
離して!って頼まれたって離さないから、覚悟しといて!」
雪見が健人をギュッと抱き締め、優しいキスをした。
そして側らにあるカメラを持ち出し、最後の写真を撮り出す雪見。
健人の胸には、雪見の身体から乗り移ったペンダントが、朝の光を反射して
いつまでもキラキラと輝いている。
カメラを見つめる潤んだ健人の瞳は、生まれたてで無防備な子鹿の
怯える瞳そのものだった。
そんな目をしてこっちを見ないで…。
雪見の心も、風で揺れるカーテンと一緒に揺れていた。