二人の芝居
雪見を呼び、久しぶりに三人でワイワイ楽しくやろう!と思っていたのに
なぜかここに愛穂も座ってる。
沖縄ロケ以来久しぶりに会い、女同士、同業者同士で話が弾む雪見と愛穂。
その横で、複雑な表情をしてビールをちびちび飲む健人と当麻。
まったくワイワイどころか、シーン…としてしまった二人に雪見が気付いた。
「ちょっとぉ!人をこんな時間に呼び出しといて、二人してその辛気くさい顔はなに?
愛穂さんにだって久しぶりに会ったんだから、少しはイケメンスマイルで
持てなしなさいよ!」相変わらず雪見は容赦ない。
顔を見合わせた健人と当麻は、明らかに作り笑いをして愛穂に聞いた。
「ねぇ、なんでここに来たの?」
健人のあまりにもストレート過ぎる質問に雪見が慌てた。
「健人くん!失礼でしょ?愛穂さんに!」
「いや、いいの。ごめんね、邪魔しちゃって。
まさか雪見さんと健人くんもいるなんて、思ってなかったから…。
ちょっとだけ当麻くんの顔が見たくなって、偶然にでも会わないかなぁ
なんて思って。迷惑だったよね、ごめん。」
愛穂の思いもよらない言葉に、三人は驚いて固まった。
もちろん当麻は、愛穂が自分に対してそんな感情を抱いていたなど初耳だ。
石垣島の夜には、確か健人にアプローチしていたはずなのに…。
当麻は、なんて返したらいいのか迷っていた。
愛穂の言った言葉が、本心なのかどうかもわからない。
ましてや、この三人の中で愛穂の立場というのは、半ば敵に近い立ち位置にある。
沖縄ロケ以来、一度も三人の前に姿を現さなかった愛穂が、なぜ今、
当麻に対してそんな言葉を投げかけるのか…。
当麻は勿論のこと健人と雪見も、嘘と真実が見極められずに困惑していた。
「まぁ、久しぶりに再会したんだから、乾杯でもしようよ!
当麻くん、前にあげた真由子のワイン、もう全部飲んじゃった?」
少しでも考える時間を与えるため、雪見が当麻にワインを探させる。
「どうだったかな?一本ぐらい残ってるかも。ちょっと見てくる。」
そう言って当麻が席を立ち、そそくさとキッチンに入って行く。
「俺も、なんかつまみになりそうな物、探してくるわ!」
健人も当麻の後を追ってキッチンに逃げ込んだ。
「おいおい!一体どういうつもりだろ?本心で言ってると思うか?」
健人が小声で当麻に聞く。
「そんなこと、こっちが聞きたいよ!しかも、なんで今なんだよ!
せっかく三人が集まったんだから、課題曲の練習をしようと思ったのに…。」
当麻が少し腹立たしげに言った。手にはすでに真由子プロデュースの、
カリフォルニア白ワインが用意されている。
「まぁ今日のところは相手の出方を見て、本心を探るしかないな。
けど、さっき言った事が本心だった場合はどうする?当麻。」
健人が当麻の顔を伺う。
「どうするって…。今の時点でそんな感情は一つも湧いたこと無いし、
第一彼女からそんな気配を感じたことも無いんだよ!
それがなんで突然、こういう展開になるわけ?おかしいと思わない?」
「まぁ、おかしいっちゃおかしいんだけど…。ここにいてもらちが明かないから、
そのワインでもう少し彼女を喋らせよう!」
そう言ってからも二人は、あーでもないこーでもないと
キッチンでしばらくの間、立ち話をしていた。
健人がワインとグラスを持ち、当麻がチーズやナッツ、チョコレートなどの
つまみを皿に盛り合わせて、「お待たせ!ワインあったよ!」と、やっとキッチンから出て来る。
「おそーい!待ちくたびれてここにあったお酒、全部飲んじゃったよ!」
雪見の言葉に当麻と健人は、「ええっ!?」と驚いた。
「うそ!?二人でこれ全部飲んじゃったのぉ?」
テーブルの上には、雪見が手土産にコンビニから買ってきたビール六缶と、
チューハイ六缶の潰れた空き缶だけが転がっている。
しかも二人ともすっかりいい気分で意気投合し、仲の良い友達同士にさえ見えた。
「愛穂さんって、あんまりお酒飲めない人じゃなかったっけ?」
健人が、石垣島の夕食時を思い出して愛穂に聞いてみる。
「あぁ、私?飲めないんじゃなくて、飲まないようにしてるだけ。
多分、本気を出したら結構行けると思う。雪見さんほど強くはないけどね。」
上機嫌で愛穂が雪見を見た。
雪見も嬉しそうにニコニコしながら愛穂を見る。
「今度、二人で飲みに行こうよ!私、いいお店いっぱい知ってる!
お酒の事なら任せといて!
それに沖縄行った時から思ってたんだけど、私と愛穂さんって似たとこ
たくさんあるんだよね。いいお友達になれそう!って、ずっと思ってたんだ。」
雪見は、こんな所で愛穂に会えたのはキセキだぁ!と酔って叫ぶ。
「おいおい、ゆき姉!大丈夫かよ?短時間に一気に飲むから、すっかり
酔っぱらってるだろ?しょうがねーなぁ、まったく!」
健人が雪見の隣りに座るとすぐに、雪見が健人に抱きついた。
「けんとぉ!だーい好きっ!」
みんなの前でいきなり頬にキスされ、健人は慌てふためく。
「ち、ちょっとぉ!どんだけ酔ってんのさ!もう帰って寝た方がいいよ。
疲れてんだよ、きっと。悪い!当麻。俺、ゆき姉送って帰るわ。」
「えーっ!帰っちゃうの?せっかくワイン飲もうと思ったのに!」
当麻も慌てている。
「悪いな!けどこの人、明日写真集の編集会議が朝からあるって言ってたから。
俺もドラマの撮影が入ってるし、そのワインは愛穂さんと二人で飲んじゃって!
当麻はどうせ明日、久々に午後からの仕事だろ?」
「まぁ、そうだけど…。」
当麻が、マジで二人で飲めって言うの?的な顔をして健人を見た。
「愛穂さん、ごめんね!せっかく四人で乾杯しようと思ったのに。
今度さ、みんなでカラオケでも行こう!俺たち、当麻のラジオ番組の企画で
今月中にマスターしなきゃならない歌があるんだけど、その感想を聞かせて欲しいんだ。
今、それぞれ自主練の真っ最中だから、もう少し後に…。」
「へーっ!そうなんだ。それは楽しみ!じゃ、誘ってくれるの待ってるね!。」
愛穂が待ち遠しそうに笑って言った。
「じゃ愛穂さん、ごゆっくり!当麻、またな!」と健人が当麻に言ったあと、
雪見を抱きかかえるようにして玄関まで出る。
そして見送る当麻の耳元で「うまくやれよ!」と素早くささやき、ドアを閉めた。
『しまった!そういう事か!やられたな、健人に。』
当麻と雪見が帰ったあとの玄関先で、一人苦笑いをする当麻。
マンションの外でタクシーを待つ間、雪見はいきなりシャキッ!として
「やるじゃん、健人くん!」と、にやっと笑ってみせた。