第二の招かれざる客
健人は瞬きもせず、ジッと学の目を見つめて自分の気持ちをぶつけた。
「梨弩さん。俺は、ゆき姉に出会うためにこの世に生まれてきたと思ってます。
どうしてもっと早く生まれて来なかったんだろうって、神様を恨んだこともあったけど、
でも最近、十二年遅く生まれたのにも訳があると、やっとそう思えるようになりました。
もし俺がゆき姉と近い年に生まれてたら、あなたが恋のライバルだったかも知れませんね。」
「今はライバルじゃない、とでも言いたいのかい?」
学が苦笑いをした後、キッと健人を真顔でにらんだ。
「俺、ゆき姉をあなたに返す気は更々ありませんよ。
あなたは俺のこと、こんな若造が雪見を幸せに出来るはずはない!とでもお思いでしょうが、
今のゆき姉を幸せに出来るのは、世界中で俺一人しかいないと確信してますから。」
そう言って雪見を見つめ、にっこりと微笑む健人の瞳には一点の曇りも迷いもなく、
ただこうして二人並んでいるだけで、この上ない幸せ!という顔をしている。
健人の自信に満ち溢れた態度と、雪見と互いを見つめ合う熱い視線は、
この二人の間になんぴとたりとも介入は許さず!といった、目には見えない
結界が張られているようにも感じられた。
一体どれほどの時間が経ったのだろう。
かなりの間ジッと健人と雪見を観察していた学は、おもむろに立ち上がり、
「ご馳走様。美味かったよ、カレーもワインも。二人の時間を邪魔して
悪かったね。じゃ、また。」
と、それだけ言うとさっさと玄関から出て行った。
急に夢から覚めたように健人と雪見は、はぁーっと深くため息をつき、
嵐のようにやって来て、嵐のように過ぎ去った学を思い起こしてみた。
「怒っちゃったかな?梨弩さん。俺、強く言いすぎた?」
健人が俳優の顔からいつの間にか素の健人の顔に戻り、少し心配そうに
雪見の顔をのぞき見る。
すると雪見はやっと笑顔になって、
「健人くん、サイコー!」と言いながら、隣の健人の首に手を回し
グッと引き寄せ頬にキスをした。
「これから内緒でカラオケ行っちゃう?なんか、メチャクチャ歌いたい気分!」
それから二人は見つからないように、雪見の車で遠くのカラオケボックスまで出掛け
朝方まで歌いに歌いまくった。
もちろん三人の課題曲、『WINDING ROAD』もたっぷりと…。
健人を家まで送って帰る頃には、もう学の事など頭から消え去った。
「えーっ!なに、そいつ!いきなりゆき姉んちに乗り込んで来たわけ?
で、健人はどうしたのさ?」
インフルエンザも全快し、久しぶりの仕事帰りに当麻の家へ立ち寄った健人。
話は勢い数日前の、学が来た時の話題になる。
「え?俺?そりゃ、バシッと言ってやったさ!」
二つ目の缶ビールをプシュッと開け、ゴクリと喉に流し込み熱く語る健人。
「なんて?なんて言ったの?」
当麻が興味津々、身を乗り出して健人に詰め寄る。
「えっとね…。やっぱ、教えない!
っつーか、今となっては恥ずかしくて言えない!」
珍しく健人が頬を赤くして、照れ隠しにビールを一気飲みした。
「なんだよ、それぇー!ますます聞きたくなるじゃん!
ほらほら、もっと飲んじゃって!で、なんて言ったの?」
どうしても聞かないと気が済まない当麻。
「えーっ!言うのぉ?
…ゆき姉をあなたに返す気は更々ない、って…。」
「それだけ?じゃないでしょ。あとは?」
「あとは?って…。
ゆき姉を幸せに出来るのは、世界中で俺一人しかいない、って…。」
健人が、消え入るような小さな声で言ったあと、当麻が大笑いをした。
「マジでぇ?マジでそんな、ドラマのセリフでもなかなか言わないような
クサイこと言ったのぉ?すっげー!さすが健人!男だねぇ!」
当麻の笑いは当分収まりそうもない。
「だ・か・らぁ!お前には言いたくなかったの!
けど、あの時はそれが勝手に口から出てきた言葉だから…。
俺が本当に心から思ってる事だと思う。」
健人が真面目な顔をして言うので、当麻も笑えなくなった。
「健人は本当にゆき姉を愛してるんだ…。」
きっと寂しげな笑顔を当麻が浮かべたのだろう。
健人の心の中に、その笑顔がいつまでもちらついた。
「ねぇ!ゆき姉、呼ぼうか!十二時半でしょ?まだ起きてると思うから。電話してみる!」
健人が、なぜか当麻に雪見を会わせてあげたいと思いついた。
さっきの寂しげな笑顔のせいだ。当麻があんな顔をするから…。
そう思いながら、健人が雪見に電話する。
「あ!ゆき姉?俺だけど。まだ起きてた?仕事中なの?
今さ、当麻んちで飲んでるんだけど、当麻がどうしてもゆき姉に会いたいって!
これから来れる?あ、ほんと?じゃ、待ってるね!気をつけて来て!」
健人が嬉しそうに、ゆき姉これから来るって!と当麻に伝えた。
当麻の顔もパッと明るくなり、「ズルイよな!本当は健人が会いたかったんだろ?」
と、笑いながら健人を小突く。
しばらく二人でおしゃべりしていると、インターホンが鳴って雪見が到着。
当麻が玄関の鍵を開けドアを押しながら、「いらっしゃい、ゆき姉!」
…と、目の前に立っていたのは雪見ではなく、なんと霧島愛穂だった!
「な、なんで…。」当麻が目を見開いて驚いていると、横から雪見がひょこっと顔を出し、
「驚いた?ようだね、その顔は。私も驚いたもん。タクシー降りた所に
愛穂さんが立ってたんだから。」
愛穂が「しばらくぶり!元気だった?」と当麻に笑顔で挨拶する。
「ゆき姉、遅いよ!」と玄関に出てきた健人も、愛穂の存在にびっくり!
「どういう事?ゆき姉!」健人が険しい顔で雪見を問いただす。
「いや、愛穂さんがマンション見上げて立ってたから…。
雨もポツポツ振ってきてたし、風邪でも引いたら困ると思って…。」
やはり愛穂は招かれざる客に違いないのだ。
それをわざわざ連れてきてしまう雪見。
雪見の人の良さに、健人と当麻は顔を見合わせてため息をついた。