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元カレとの過去

「ねぇ、お願いだから、私の幸せな毎日を台無しにするような事だけは言わないで。」


雪見は、学が何を言いにここに来たのか、何となく気づき始めた。

だがそれを今ここで、健人のいる前では絶対に言って欲しくはない。

やはり玄関先で追い返すべきだった、と後悔の念でいっぱいだった。


健人もまた本能的に、学が何か二人の関係を揺るがすような大きな事を

言おうとしている、と学の目をジッと見ながら感じ取っていた。

心臓のドキドキが止まらない。指先が冷たくなってくる。

どうすればいいんだろう…。

もしかして、ゆき姉が盗られちゃう?そんなの、絶対にいやだ!



実は雪見は二十六歳の時、一度学からプロポーズされたことがあったのだ。

「デンマークに一緒に付いて来て欲しい。」

それはイコール結婚を意味していた。


当時雪見は、やっとカメラマンへの第一歩を踏み出したばかり。

無我夢中になって仕事をこなし、毎日が充実していた。

一方同い年の学は、優秀な成績で大学院を卒業し、

デンマークの研究所への招聘が決まったところ。

大学四年の時に知り合い、五年間を共に過ごした雪見と新天地で

新しい人生をスタートさせたいと考えるのは、ごく自然な流れである。

が、雪見は「一緒には行けない。」と、悩み抜いた末に返事した。


「ごめん…。私は私でいたいから…。

学の人生に乗っかって生きていくのは、私じゃなくなる。」


嫌いになって別れた訳ではない。

もし学がデンマークに行かずに日本に居たら、素直にプロポーズを

受け入れていたかもしれない。年齢的にもそういう年頃だった。

だが、好きだけど自分の全てを捧げるほどの愛ではなかった…。

あとで振り返ってみると、そんな気がした。


しかし学は、ずっと今まで雪見の事だけを思い続けていたのだ。



勉強にしか興味の無かった大学四年の夏。

183cmの長身で大人びた顔立ちのイケメン。しかも学内一の優秀な

成績とくれば、周りに女子が集まらないはずはない。

だが学にとってそれらは、勉強を邪魔するうっとうしい奴らでしかなかった。

そう思いながらも口に出せずに毎日を送っていたある日。

見るに見かねた同じゼミの雪見が、学を取り巻いていた女子の真ん中に

仁王立ちになり、周りの誰もが振り向くほどの大きな声で啖呵を切った。


「あんた達!いい加減にしなさいよ!

こいつは、これからの日本を背負って立つ男になる奴だ!

そんな日本の財産を、あんたらは潰すつもりなのっ!」


この時の雪見の言葉が、学の人生を変えた。

雷に打たれたような衝撃が身体中を駆け抜け、一瞬で恋に落ちた。

学の遅い初恋が、この時やって来たのだ。


それからの学は雪見に猛アタックを仕掛けたが、雪見はまったく学に

恋愛感情を示さない。

元々、他の女子のように学の事をイケメンだとか、かっこいいだとか

そんな風に意識したことは無かった。

ただ、学は将来必ず凄い科学者になる!その確信だけは揺るがなかった。


前にも増して淡々と、研究の手伝いをするだけの雪見。

そんな二人の関係に、ある日転機が訪れる。

教授の学会発表の手伝いに雪見と学が駆り出され、車で遠出をした帰り。

近道をしようと通った夜の田舎道で学の車が突然故障し、動かなくなってしまったのだ。

色々手を尽くしてはみたものの、どうにもこうにも動かない。

その上、携帯の電波も届かない場所で、あとは通りすがりの車に電波の届く所まで

乗せてもらい、JAFを呼ぶより方法がなかった。

が、その肝心の車さえも通らない。

二人は半ば諦めて、車に積んであった缶コーヒーを飲み、途中に寄った

可愛いパン屋さんの美味しいパンをかじりながら、初めて二人きりで

研究以外の色々な話をした。

子供の頃の事や飼っていた猫の話、飲み会のお互いの武勇伝に教授の噂話まで。

それまで、勉強一筋に生きてきた、ただのガリ勉くんとしか思っていなかった学の

いろんな人間性が見えてきて、少しだけ男として意識するようになり始めた出来事だった。


それから一ヶ月後、二人は密かに付き合いだした。

みんなの前であんな啖呵を切った以上、恥ずかしくて大っぴらには出来ないと

雪見は思っているのに、嬉しくて嬉しくて仕方のない学は常に雪見の側に寄りそう。


「ねぇ!私のせいで成績落ちたなんて言われたくないんだから、今まで通りに頑張ってよ!

日本一の科学者を目指しなさい!」


雪見の言葉通り、学は日本どころか世界でも名の知れた科学者になって

今、雪見の目の前に座っている。




「あのぅ…。」

健人が沈黙を破るように口を開いた。

雪見は健人が何を言い出すのか心配で、ただ隣りに座る健人を見つめるしかない。


健人が目を閉じてふぅーっっ、と大きく息を吐く。

それは、いつも芝居に入る前に無意識に健人がやる儀式の様なものだと

雪見はここ二ヶ月間、カメラを覗いていて気が付いた。

それを今やっている。


目を見開いた健人は、さっきまでのビクビクとした子鹿のような健人ではなく、

明らかにイケメン俳優、斎藤健人の顔になっていた。

自信に満ち溢れ、向かうところ敵無し!といった余裕の笑顔で学を見据える。

学も、一瞬で変化した健人の表情に只者ではない気配を察し、思わず身構えて

健人を見返していた。


「梨弩さん。俺とゆき姉とは遠い親戚同士で、俺が生まれた時からゆき姉は

俺のことを見ててくれてます。

だからもう、二十一年間も付き合ってるんです。」


「へぇ。そういう関係。知らなかった。

あんなポスターになるぐらいだから、日本じゃ相当の有名人なんだろうね、キミは。

男の俺から見てもいい男に見えるんだから、さぞかしモテてモテて仕方ないだろうね。

で、そんな男がなんで雪見と付き合ってるわけ?

他にも選り取り見取り、いい女はたくさんいるだろう。」

学が挑戦的な態度で健人を挑発した。


「学!いい加減にして!あんた、いつからそんな嫌な男に成り下がったの!

健人を侮辱するような態度は、私が許さない!」


健人は、初めて雪見が自分の事を「健人くん」ではなく「健人」と

呼び捨てにしてくれたことが、なぜか今とても嬉しくて仕方なかった。



誰にも渡さないよ!


勇気百倍になって健人は、余裕の態度で雪見への思いを語り出す。

自分のありったけの気持ちを、雪見一人に告白するように…。


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