二人のDJ
「じゃ、本番行きます!十秒前!8、7、6…」
カウントダウンが始まり、雪見の緊張は極限にまで達していた。
それをどうにかしてほぐそうと、当麻が二秒前までヘン顔をして笑わせようとする。
オープニング曲の最中、堪えきれなくなってクスクス笑い出した雪見を
当麻は「良かった!そのまま笑ってて。」と微笑んだ。
「さぁ、今週もお待ちかねの金曜日がやって来ました!
『当麻的幸せの時間』、この放送をお送りするのは、あなたの三ツ橋当麻です!
ってことで、始まっちゃいましたよ、今週も!
なんか一週間って、めちゃ早くない?
あ、みんなの中にはこの日が待ち遠しくて、一週間がめちゃ長かった!って人もいるだろうね。
それは今日の相棒くんのせいでもあるかな?
先週お伝えした通り、今週から十二月まで隔週でこの二人が僕の相棒に
なってくれます!
ご紹介しましょう。斎藤健人と浅香雪見さんです!」
「こんばんは!猫カメラマンの浅香雪見です!今日から二週間に一度、
この番組のお手伝いをさせて頂くことになりました。
あんまりお喋りは得意分野じゃないんですけど、当麻くんの足を引っ張りながら
みなさんと一緒にこの番組を楽しみたいと思いますので、どうぞよろしく!」
「おいおい!『足を引っ張らないように』じゃなくて、『足を引っ張りながら』なわけ?
先が思いやられるなぁー!まぁ、ゆき姉には多くを期待してないから、
リスナーさんと一緒に番組を楽しむってスタンス、いいと思うよ!」
「ちょっと!『多くを期待してない』って、それもあんまりだと思うけど。」
当麻のリードによって、オープニングは順調な滑り出しだ。
緊張の中で見守っていたスタッフ達にも安堵の表情が広がった。
あとは、健人の事をリスナーに上手く伝えなければならない。
当麻の腕の見せ所である。
「ところで、肝心の健人がいないけど、トイレにでも行っちゃった?
おーい!けんとーっ!」
「もしもーし!斎藤健人でーす!当麻、聞こえる?」
「うわっ!健人がここにいないのに声だけ聞こえる!」
「なに、くさい芝居してんの!すみませーん、みなさん!
実は俺、インフルエンザにかかっちゃって、今日はスタジオに行けなかったんです!
今、自宅から電話で繋いでもらって話に参加してるとこ。
この次には絶対治ってまたスタジオからお送りするんで、今日の所は
電話で勘弁して下さい!
あ、俺ならこの通り元気だから安心して!
ただ、まだうつしちゃう時期だからそっちに行けないだけで、本当は
黙ってりゃバレないかな?とか思ったんだけど…。」
健人は、今から行ってもいい?と真面目な声で当麻に聞いた。
いいと言われりゃ今すぐ飛んできそうなほど、スタジオに来たがった。
「なに言ってんの!来なくていいから。今日は大人しく家に居なさい!
その代り、ガンガン話に入ってきていいから。
あ!ケータイの充電だけは切れないようにしといてよ!
じゃ、本日はこんな感じでスタートです。
では最初の一曲。斎藤健人が大好きなミスチルの『花火』です!
これ、俺からのお見舞いだよ。受け取ってね!」
何とか上手くいったようだ。
当麻が初めて、ふぅーっ!と一息つく。
そして、まだ緊張した面持ちで向かいに座る雪見ににっこりと微笑み、「ファイト!」と励ました。
当麻に笑顔でそう言われると、なんだかとても勇気が湧いてくる。
当麻のためにも頑張らなくちゃ!と雪見は自分を奮い立たせた。
すべてが当麻のリードによってスタジオと健人、リスナーとが上手に結ばれ、
曲やおしゃべり、リスナーからのメッセージの紹介などが予定通りに進んで行く。
雪見もいつの間にかすっかり当麻のペースに巻き込まれ、会話を楽しむ
余裕さえ生まれてきた。
「じゃ、そろそろ俺の『今月の発表会』に行っちゃおうかな?
ゆき姉の前で、メチャ緊張するんだけど!」
そう言いながらおもむろに立ち上がり、用意されたスタンドマイクの前に移動する。
『今月の発表会』とは、毎月最後の放送日にプロデューサーの三上から
課題曲が発表され、それを次の一ヶ月間当麻が一生懸命練習して、また
月末の放送でみんなに披露する、という企画だった。
ほぼ一年前から始まったこのコーナーは、今やこの番組の看板企画となり、
なんとこの十二月には、今まで当麻が歌った全曲を収録したCDを制作し、
視聴者にクリスマスプレゼントとするというビッグな話になっていた。
「えーと、先月の課題曲は福山雅治さんの『桜坂』だったんだけど、
これは俺の大好きな曲で、元々カラオケでもよく歌ってたから今までで
一番自信あるかな?ゆき姉も聞いたことあるよね、俺の『桜坂』。」
「うん!当麻くんの十八番だ!これが課題曲だったから、こればっかり
歌ってたんだ!なんで他の歌歌わないのか不思議だった。
けど、確実に上手くなったと思うよ。耳にタコ出来るほど聴かされた
私が言うんだから間違いない!自信持って歌ってね。
これ、一発勝負なんでしょ?私の方が緊張してきた。頑張れ、当麻!」
静まりかえったスタジオにイントロが流れ、当麻は目を閉じて歌の世界に
集中する。左手の青いブレスレットを右手でギュッと握り締めた。
そして心を込めて歌い出す。目の前の雪見に捧げるように…。
元々歌は上手い方なので、最近はミュージカルの仕事も多い当麻。
その当麻が、大好きな曲を大好きな人のためだけに歌う。
今までで一番感情がこもって聴く者の心を揺さぶる歌声に、モニター室
で聴いていた音楽プロデューサーでもある三上が唸った。
「凄いな!今日の当麻は。これ、リスナープレゼント用にだけ録音するのは
どう考えてももったいない出来だ。事務所に交渉だな、早速。」
三上は、商業ベースでのCD発売を考えていた。
と同時に、あるいい考えも思いつき、急遽来月の課題曲を変更する。
当麻が上気した頬で雪見に感想を求めた。「どうだった?俺。」
「すっごい良かったよ!今まで聴いた当麻くんの歌の中で、一番感動した!
泣きそうになったもん、私。」
「なんだ!泣いてくれなかったの?ゆき姉のためだけに歌ったのに。」
そう言ってすぐに、しまった!また失言しちゃった!と内心焦る当麻。
「さぁ!じゃ三上プロデューサー、来月の課題曲をお願いします!」
と、すぐに話をそらした。
「えー、来月の課題曲はこれ!絢香×コブクロの『WINDING ROAD』です!
これを、雪見さんと当麻、健人の三人に歌ってもらう!」
「えーっ!嘘でしょ!私も歌うのぉ?」
雪見も驚いたが、ラジオの向こうの健人も同時に驚いていた!