秘密のピアス
「今日は私一人で行かなきゃならないのか…。ふぅぅっ、緊張するな。
でも当麻くんがいるから何とかなるよね。よし!乗り込むとするか!」
雪見はラジオ局の入る高層ビルを見上げ、一人自分に気合いを入れてから歩き出す。
「おはようございます!今日は斎藤健人がキャンセルで申し訳ありません!」
放送室のドアを開け、まずは真っ先に健人の急病を詫び頭を下げる。
本来ならマネージャーである今野の仕事だが、今日はその今野さえも
インフルエンザで休みなのだから、雪見が詫びるよりほかなかった。
局には事務所から朝一番に連絡済みなので、雪見は今野の指示通りに
買ってきた、かなり奮発した手土産をスタッフに渡す。
「いやぁ、健人くんもマネージャーさんもインフルエンザだって?
浅香さんは大丈夫だったの?」とか、
「うちの局でも先月流行って大変だったんだから!」などと
スタッフは皆、気を使って優しい言葉を掛けてくれる。
雪見は取りあえずはホッと一安心した。
あとは中にいるプロデューサーとディレクター、それに当麻に挨拶して
打ち合わせに参加しなくてはならない。
急いでブースのドアを開け、中に入る。
「おはようございます!済みません、遅くなりました。
今日は本当に申し訳ありません!私一人になってしまって。」
「おはよう!ゆき姉!待ってたよ。健人は大丈夫?」
マイクの前で台本に目を通していた当麻が、すぐに声をかけてきた。
「うん、大丈夫!今朝病院に連れてったから。まだ熱は下がりきっては
いないけど、猫と遊ぶ元気があるんだから、大丈夫でしょう!」
「なに?健人、ゆき姉んちにいるの?」
しまった!と雪見は自分の無防備な発言を悔やんだが、後の祭り。
プロデューサーもディレクターも、一斉に雪見を見る。
どうしよう!今野に叱られる!
「なになに!健人は雪見さんちで熱出しちゃったわけ?そんでそのまま
雪見さんちにお泊まりしてんの?あいつもなかなかやるねぇ!」
健人と仲の良いディレクターが、真っ先に食いついた。
当麻も、まずいぞ!これは…という顔をして雪見を見た。
そしてすぐに何かいい考えを思いついたらしく、大きな瞳をさらに大きくして
雪見とディレクターに提案する。
「ねぇ!健人が元気なら、電話でラジオに参加させるってのはどう?
先週告知しちゃったから、健人にいっぱい葉書やメール届いてるんだよね。
健人が出るのを楽しみに、ラジオの前で待ってる人が大勢いると思うし
インフルエンザで休みだって言ったら、みんな心配するだろうし。
だから電話でワンコーナーだけでも繋いで、元気な声を聞かせた方が
騒ぎが少なくて済むんじゃない?」
当麻の機転を利かせた意見に、健人が雪見の家に泊まってるという話題
から、パッと話の方向が切り替わった。
「いいねいいね!それで行こう!当麻、健人に電話して説明しておけ!
俺はどのコーナーを健人に繋ぐか、大至急話し合うから。」
ディレクターとプロデューサーがブースを出て、スタッフと相談してる間に、
当麻は健人のケータイに電話を入れる。
「あ、健人?俺!インフルエンザだって?大丈夫か?
まぁ、ゆき姉から話を聞く限りは大丈夫そうだけどね。
でさ、今、急に決まった話なんだけど…。」
そう切り出して当麻は、健人に電話でのラジオ出演を交渉。
健人は即答で了承したらしく、雪見に向かって当麻がOKサインを出した。
「あいつ、本当に熱あんの?電話でラジオに出られる?って聞いたら、
めちゃくちゃハイテンションで騒ぎまくってたけど。
あんだけ元気あるなら心配ないわ。」当麻が安堵の表情を見せる。
「昨日の夜なんて、39.4度も熱出たんだよ!もう、どうしようかと思ったんだから!
今日のラジオ、すっごく楽しみにしてたのに出られなくなった、って
落ち込んでたから、電話ででも出れる事になって嬉しいんだと思う。」
雪見が健人の気持ちを代弁したが、そう言う雪見自信も嬉しかった。
無名に近い雪見だけがラジオに出て、一体誰が喜ぶと言うのだろう。
そんな申し訳なさで一杯だったから…。
その時、当麻が「あっ!それ!」と、雪見の耳を指差し微笑んだ。
雪見の耳には、石垣空港で当麻からもらった青いピアスが揺れていた。
まだ一度も付けていなかった、沖縄ブルーのガラスのピアス。
当麻が、健人には内緒だよ!と言いながらくれたので、どうしても健人
の前では付ける気になれなかった。
だが、人からもらった物は、一度はその人の前で付けて見せるのが
大人の礼儀だと雪見は思っているので、そのタイミングを探していた。
それが今日突然やってきたので、スタジオに入る前にトイレでピアスを付け替えたのである。
そんなにコソコソとするのは、自分の中にもどこか後ろめたい気持ちが
あるからか。内緒だよ!なんて当麻が言うから…。
雪見はあえてさらっと流すように言った。
「あぁ、これ?当麻くんがくれたやつだっけ?
今日の服に合うかな?と思って。それにこれとお揃いだし。」
そう言いながら雪見は、左手首の青いブレスレットを当麻の前に突きだした。
すると当麻も左手首を雪見の前に差し出す。
健人と三人でラジオをやる日には、このお揃いのブレスレットを付けて
集合しよう!と、当麻が提案したのだった。
「思った通り、ゆき姉に似合ってるよ、そのピアス。
ぜんぜん付けてくれないから、無くしちゃったのかと思った。」
当麻が嬉しそうに言ったので、やっぱり気にしてたんだと雪見は思う。
「さぁ、今日の相棒は頼りにならない上にしゃべりも苦手なんだから、
当麻くんがしっかりリードしてくれないと、とんでもない三十分になりかねないよ!
自分の番組ぶち壊されたくなかったら、私のコントロールちゃんとお願いね!」
「任せておけって!俺は健人の次にゆき姉のこと、よく知ってるつもりだから。
俺のこと信じて付いてきて。」
「うん!わかった。」
その日の当麻は、いつになくたくましく自信に満ち溢れ、落ち着いた態度が
雪見に安心感を与える。
健人よりもひとつ年下なのに、大人の男を感じさせる瞬間に度々遭遇し
雪見は自分が少しドキドキしていることに気が付いた。